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#3 まずは仕事をやめてください

―アラタさんのフラット・ハウス本、理想的な住まいの写真集だと思って眺めていたら、それ以上のメッセージもつまっていて驚きました。

アラタ:そう読み取ってもらえたらうれしいですね。結局フラット・ハウスを掘り下げていくと、住宅問題の話を経て、社会構造の矛盾や不条理にぶち当たるんですよ。それを抜きで話を進めるワケにはいかなくなっちゃう。で、古い平屋に住むことで、結構いろいろな問題が解決するんじゃないかと思えてきたんですよね。当然ながらこれは住み始めた当初はまったく考えもつかなかったことで、長い平屋生活の上でなんとなく見えてきたことなんですが。

―そして、アラタさんの本に掲載された物件がほぼ賃貸。

アラタ:ですね。それには、自分に「本は買って読む。家は借りて住む」という不文律があるのと、収入の少ない人たちにこそ希望を持ってもらいたいという2つの理由があります。それに、世の中には「購入した家やマンションのリノベ本」のようなのは山ほどあるのに、賃貸物件をいじって楽しく暮らす人にフォーカスした本というのがほとんどないんですよ。あまりにそっちばかりなので「収入の少ない者は楽しい暮らしを諦めろ」とでもいわんばかりに見える。こういう風潮があらゆるジャンルで最近とみに強くなってきている印象ですが、住宅本も同様です。ジツに慨嘆に堪えませんね。

―なるほど。

アラタ:それから、住みたいけどまだ踏ん切りがつかないという人たちを焚き付ける意味もあるかな。大金払わなきゃできないようなことなら言い訳にもなるだろうけど、安い賃貸物件ならやれない理由もなくなる。住む住まないはもうあなた次第だよ、と彼らに自己弁護をさせないようにというのも狙いですね(笑)。

―ガチンコで若い人を平屋に住ませたいんですね。

アラタ:その通りです。ときどき九州大学芸術工学部で登壇の機会をもらうのですが、学生たちを見ていて驚くのは、建築を学んでいるのに大半がワンルームマンションに住んでいること。で、その自分たちの住処に対して何の疑問も抱いていないということです。もうそれがデフォルトで、ほかに選択肢がないと思っているフシがあるんですね。これはマズいなあと。
そこでたっぷり古い木造平屋の画像や動画を見せ、魅力を語るんです。もちろん最初は大半がポカンとしてますが(笑)、あとでやる軽いワークショップで空気は一変します。暮らしのシミュレーションとでもいうのかな、まず学生の家賃を聞いてざっくり固定支出を計算してみせるんですよ。このとき、中でもちょっとやんちゃそうなコたちの3~4人のグループを選ぶのがミソなんですが、大抵のコは家賃4万円台の部屋に住んでます。4人のグループだったら全員で月16万以上払っている計算になるわけで、僕の本に載っている九州のフラット・ハウスだったら3~4万円くらいの家賃だから、そういう平屋に全員でシェアして暮らせばひとり1万円で済む。で、光熱費がいくら、スマフォ代がいくら、食費がいくらと足し算して1ヵ月の固定費を算出する。4人で4万円の家賃のフラット・ハウスに住めば、各自月6~7万の稼ぎで充分やっていける計算になるわけですよ。しかも自分たちで家の中を改修したり自由にいじることもできる。庭も付いている。クルマも持てる。なんて話していくと教室内がざわついてくるんですよ。それまで6畳ほどの一室しか自分のパーソナルスペースはないと思い込んでいた彼らに、稲妻が走る瞬間です(笑)。

―ちゃんと具体的な計算してみせるからこそ。

アラタ:そして最後はさりげなく「そうすれば別に会社に就職なんかしなくたって生きていけるんだよ」という殺し文句で畳み掛けるんです。そんなにシャカリキになって働かなくとも生きていけるし、その分自分の時間もできる。その時間を使って自分が今後やっていきたいことをじっくり模索していけばいいんだよ、と示唆するんです。そうするとみんなの顔がわあっとほころんで、一気に室内の空気が明るくなります。さっきまで半身で聴いてた男子学生も正面を向いて「ですよねッ!!」なんていってキラキラした目で見てくるし、女の子なんて両手頬杖でうっとりしちゃってますからね(笑)。自分のスペースが広がり、しかも時間もできて好きなことも追求できる。
古い平屋が一気に拘束具を取りはずしてくれて、自分も夢を見ていいんだということにハッとするんですよ。

―建築の講義だと思っていたら、木造平屋話からまさかの就活の否定。それは驚くでしょうね。

アラタ:だと思います(笑)。さっきも話しましたが、つまりは固定費、なかんずく住宅の支出がウエイトを占め過ぎているんですよ日本は。それがみんなに好きなことを仕事にさせないよう阻んでいる。そのウエイトを軽くすれば、好きなことを探しつつ身を立てていく事だってできるはずなんです。別にしたくもない就活なんてしなくたっていい。そういう選択肢もあるんだということも、きちんと大人が示してやる必要があるように思ってます。

―住まいを見直すことが生き方に直結してくる。

アラタ:東京都心でトークイベントをやると、質疑応答の時間に「自分も平屋に住みたいんだけど職場から遠くなっちゃう。どうしたらいい?」というような質問をもらうことがしばしばあるんです。随分とまあ思考停止した質問だなとも思えますが、同じように思っている読者は結構いるようなんですよね。おかしな質問とは言い切れない。そういうとき必ず伝える回答は「では今の仕事を一旦やめましょう」なんです。

―なかなか荒療治ですね(笑)。

アラタ:たぶん、ジョークに聴こえるでしょうね。でも大マジメですよ。というのも、職場や会社を人生の中心に置き過ぎているということ、それをみんながあまりに考えてないことを気付かせたいからなんです。軸足をそこに置いてる限りは、どうしても都心、駅近を選ぶことから出られない。結果、タワーマンションが林立して一極集中するわけですが、そこから抜け出したいのならば元凶である軸足の置き場所を変えることが最良策。その根っこを一旦断ち切らないことには変わることはできない、というのが僕の考えです。質問の主旨から逸脱するように聴こえるかもですが、すべて繋がっていることを知ってもらいたいんです。僕は経験済みですから。

―みんな家賃のために働いてるようなもんだと。

アラタ:まったくそのとおり。家賃を払うために生きている、といっても過言じゃない(笑)。首都圏に住んでる人のほとんどはそうなんじゃないかな。「それは仕方のないこと」「物価の高い土地に住んでいるんだから稼ぐのは当然」って擦り込まれちゃってて、ハナから諦めている。その先入観をはずすのは相当難しいことなんだけど、そのおかげで大きなアガリを手にしてシメシメと言ってる人たちがいることを知ることも含め、もう少し今の状況に疑いを持って欲しいと思うんです。

―この家もそうですけど、アラタさんが本で紹介しているフラット・ハウスも、うらやましいような住まいだから、まさかそこまで家賃が安いとは思いもよらないですよね。

アラタ:でしょうね。僕はいま東京に1棟、福岡に2棟の平屋を借りていますけど、3棟合わせても家賃が10万円に満たないんですよ。もちろん自分で手を加えていますが、びっくりでしょう? これをもし買うとなったらこの額じゃ無理でしょうが、自分のものになったってあの世にまで持って行くわけにいかないのだから、わざわざ大金を出して買うことはない。賃貸で充分。生きている間だけ住めればいいんですから。その代わり環境や状況が変わったら「動ける自由」がある。このメリットは大震災を経た現在、ますます重要になってきているように思います。

―それでも、アラタさんだからできると思う人はいるでしょうね。

アラタ:確かに今の僕だからできることでもあるのですが、誰もが僕のようになれるんです。考えているほど難しくない。しようとしないだけです。僕はたまたま早く気付いて先入観の呪縛から早く逃れられた。そうすることで好きなところで暮らす自由が手に入った。それだけのことです。これって今の日本では一番贅沢なことなのかも知れませんが、それは思い込み。「やれない」ではなく「やらない」だけなんです、みんな。

―日本社会の呪縛、住まいから見直していくというのは実践的な話ですね。

アラタ:気をつけていることがいくつかあるんですが、そのひとつが人は貧乏臭くなってはダメということ。貧乏はまあいいんです。でも貧乏「臭い」のはダメ。後者はセンスと心意気の問題ですからね。財産がある人だってなんだか貧乏臭い人っているでしょう? 逆に収入が低くてもとっても楽し気に見える人もいる。そういう人はお金はなくともリッチなんです。キレイごとを言うつもりはありませんが、持っているお金の多寡ではないんですよ。むしろあまり持ち過ぎると感性がサボり出し、人間が鈍化したりもする。人生の善し悪しも実はそういう部分で決まるんじゃないかと感じます。
だからというわけではないんだけど、この部屋のインテリアもほとんどお金をかけてないんですよ。例えばこのMUJIのデイベッドなんかはリサイクルショップで3千円でした。脚のフォルムと色がイマイチだったから相棒がカスタマイズして僕が再塗装したんです。プランターは町内の居酒屋が廃業する時に引き取ったスツールのアイアンの脚に、木の箱を作ってのっけたものです。そのイージーチェアは沖縄に行った時に輸入家具屋で買ったもので2千円。それでもゲストはステキな部屋だと楽しんでくれますからね。関係ないんですよ金額は。まあ、一番高いのはそこにかかってる僕のイラストかな(笑)。

―話を聞いていくにつれて、古いフラット・ハウスというアラタさんの選択は必然に見えてきます。

アラタ:僕からすれば、やはりマンションはつまらないなあ。特に90年代からこっちに建てられたマンションなんてどれも同じに見えますし、現に内容はほとんど同じだと思います。でも大半はそこは見ないようにして、自宅の中だけ自分のシュミに染めればOKっていう考え方。もし古い物が好きな人ならば、やっぱり住処もそれなりに年齢を合わせないと。せめて半世紀は経った建物に住もうよと思うんですよね。じゃないとつじつまが合わない(笑)。でも多くの選択は“なるべく都心の”マンション。郊外ならばそういう古い住宅がたくさんあるのに、そういう部分ではお手軽な方を選んでしまう。

―建物に関しては、いち住人の力ではどうしようもないところがあります。

アラタ:それはそうかもしれません。しかし、それはみんながこの過剰な開発を傍観してきた結果でもあるわけです。そのツケがこんな新築マンションや建て売り住宅だらけの街並にしてしまったわけで、古い街並にこそ美しさや安らぎを感じる人たちは僕も含めて反省せねばなりません。
欧州の都市には必ず旧市街というエリアがあって、ビジネス街などの商圏と古い建物の街並はしっかり分けています。歴史保存的な意味合い以外に、そういう風景が人間のメンタリティに大切であるということを肌で知っているんだと思うんです。でも日本は隙あらばどこもかしこも全部ビルにしようとする。

―そんな時代だからこそ、フラットハウス住まいを選択することはひとつの意思表示でもありますね。

アラタ:東京は本当にビルだらけになってしまったと痛感します。90年代まではここまでではなかった。今や首都圏に住む人は郊外も含め、大方の人々がビルtoビルの生活になってしまってます。駅そばのタワーマンションに住んで駅ビルから電車に揺られ都心のビルに出勤、営業で廻るお得意先もビルならば昼飯もビルの中。帰りに雑居ビルの居酒屋で飲んでビルのような自宅に帰る。もう「ビル中人生」ですよ(笑)。それに気付いている人は案外少ないんじゃないかと。なのに大半がそうなっちゃってるという。これは「便利が一番、新しいが二番」というような前時代的ともいえるマインドが災いしているんじゃないかなと思うんです。それがいまだに機能していて、利益のみが大命題の大企業にいい口実を作らせてしまっているという。「駅前のタワーマンションに住むのってなんかステキ」というような価値観には、きっと死ぬまで抗うでしょうね僕は。

 

→#4 ちょっと海まで行ってみませんか へつづく(近日公開予定)

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THE BORROWERS

借り暮らし、貸し借り、賃貸にどんな可能性がひそんでいるのか。多彩に活躍する方々へのインタビュー取材を通してその魅力に迫ります。いいところ、大変なところ、おもしろさ、面倒くささ…きっといろんなことが浮かび上がるはず。