写真家・藤岡亜弥の「アヤ子江古田気分」

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写真集『川はゆく』で木村伊兵衛賞と林忠彦賞を受賞した藤岡亜弥さん。
実は藤岡さん、学生時代に東京・江古田で下宿生活を8年間続けていたそうで、その頃に撮った写真をまとめた小さな作品集『アヤ子江古田気分』がこの度、大阪での展覧会にあわせて、30部限定で発売されました。

1階に大家さんのおばあちゃんが住まう、江古田の一軒家での暮らしをはじめ、藤岡さんのユニークな住まい遍歴をお聞きしました。『アヤ子江古田気分』の写真とあわせてご紹介します。


藤岡亜弥
1972年広島生まれ。2008年からニューヨークに滞在、2012年に帰国。現在、広島に暮らす。写真集『川はゆく』(赤々舎・刊)は、広島の川べりの小さなアパートに暮らしながら街をスナップした作品。
 
 

以下、掲載の写真はすべて藤岡亜弥『アヤ子江古田気分』より。

広島県の呉に生まれ育った藤岡亜弥さんは、高校卒業後、東京の日本大学芸術学部写真学科へ。そこで出会ったのが、学生街・江古田の古い1軒家。1階には大家であるおばあさんがひとりで住み、その2階にある8畳ひと間での下宿生活がはじまった。風呂なし、家賃は隣の駐車場ほぼ1台分と同じくらいだったという。

藤岡:はじめて東京に出て、ひと月8万とかするようなアパートを選べなかったんです。だって、そんな大金使ったことないから。それで安い家を探していたら、たまたま不動産屋でこのおばあちゃんの家を紹介してもらって。

―ひとり暮らし自体が初体験。

藤岡:そう。しかも、この家は下宿しているのが私だけ。玄関を入るとおばあちゃんの部屋と階段があって、階段を上がると私の部屋でした。「ただいま」って帰ると玄関まで出てきてくれたり、私が帰ってくるのが遅くなると、鍵を閉めずに待っててくれたり。門限は最初22時くらいって言われてたけど、そんなの全然聞かないよね。

―門限を守るような大学生じゃなかった。

藤岡:守らなかったね。ぞろぞろと友達をたくさん連れこんで泊まらせても、おばあちゃんは何にも言わなかった。勝手に「泊まってく、うち?」なんて友達に言ってました。ネコを2階で静かに飼ったり。って、静かに飼えないんだけど(笑)。今思えば、もっとおばあちゃんの話を聞いておけばよかったし、私がほんと若くてダメな人間で、ざんげしたい気分ですけど…。

―写真は暮らしの延長で撮影されていたものですか。

藤岡:学生時代だから、外に出てネコを撮ったり、学校でもらったテーマに対して駆けずりまわって撮ってました。下宿してる部屋の板の間を勝手に暗室に改造したりして。特別な技術があるとかじゃないけど、身の回りにある小さなもの、私のものを拾い集めていくのが楽しかった時期ですね。

―どうまとめるかを考えながら撮るわけじゃない。

藤岡:考えてない。最初からコンセプトがあるわけじゃないので。特にこの江古田の頃って、撮ったまま焼いてないネガがたくさんあって、ニューヨークに行ったときにカラー暗室を自分で使えたから、そこでまとめてプリントを焼いたんですね。今度はそれを編集しなくちゃいけないんだけど、そこはまだ放ったらかしのものも多くて。でも、これは小さな形ではあるけど、まとめることができました。

―それが「アヤ子江古田気分」。ちょっとした小説のようです。

藤岡:ノンフィクションですよ(笑)。『ガロ』ってご存知? 『ガロ』で連載されていたマンガをもとにした映画『美代子阿佐ヶ谷気分』を見たときに、わけのわからないシュールな映画なんだけど、江古田に住んでた頃の自分を思い出したんですよ。18歳で田舎から上京して、82歳のおばあちゃんとひとつ屋根の下で暮らしたという。

大家のおばあさんとおすそ分けの行き来はあっても、食事をともにすることはなかったという下宿生活は、就職した後も続き、8年におよんだ。江古田から約1時間かけて、就職先の浜松町まで通っていた。

藤岡:ずるずると引っ越せなかったんですね。だけど、仕事で遅くなると銭湯に間に合わないとか、やっぱり生活が難しくなってきて、どうしようと思っていたところで、おばあちゃんがぎっくり腰で入院された。もう88歳くらいだったかな。ご飯を立ってつくるのも難しいという状況になって、かといって、私がずっとついてあげるわけにもいかなくて。

―大家さんと下宿人、その距離が難しい。

藤岡:そう、微妙な距離なんだけど、今思えば、照れずにちゃんとしてあげればよかった。だけど、自分の経験値があまりに足りなくて、どこまで私に世話ができるのか、この人に触れていいのかというのがあって…あーダメだダメだ本当に。今、思い返すと反省ばかり。

―それで下宿が続けられなくなって。

藤岡:そうですね。おばあちゃんが入院されて、かといって、「出ていってくれ」と言われたわけでもなくて。そのタイミングで、ちょっと私も就職を失敗した感じだったから、日本を離れて台湾に行こうって決めたんです。私、結局、おばあちゃんの入院してる病院へお見舞いにも行けなかったんですよね。怖かったというのもあるんだけど…。そうして台湾へ移り住んで1年後に、ヘルパーさんから連絡があって、おばあちゃんが亡くなられたことを教えられました。なんてことをしたんだって思いましたね。ずっと生きてるものだと思いこんでいたから。

台湾に渡ってからの生活もユニークだ。まずは、しゃぶしゃぶ屋で住みこんでアルバイトを開始。ところが、これではただの売り子になってしまうと思い直して、台湾の大学に入り直して中国語を勉強することに。

藤岡:部屋を探さなきゃというときに、日大に台湾から留学していた同級生がいて、「うちに来るか」って言ってくれたんです。もう奥さんと子どもがふたりいるにもかかわらず。同級生なのに、私のことを妹みたいに大切にしてくれて、ほんとによくしてくれました。

―4人家族の同級生宅に転がりこんだ。不思議な居候ですね。

藤岡:私のためにひと部屋を空けてくれたんです。子どもがちょうど5歳だったから台湾のあいうえおを一緒に勉強したり、ご飯も一緒に食べたりにして、ほんと親戚になったみたいでした。同級生の彼もすごいんだけど、奥さんがもっとえらかったと思う。いまだにそのお返しが何もできてないな。

―居候を苦にしないという藤岡さんのパーソナリティもあるのでは?

藤岡:たぶん、どこでもいいんだと思う。いや、でも、私はそんな簡単ではないけど、私のある部分をうまく自由にさせてくれれば大丈夫。台湾の同級生の家には1年半くらい住みました。家賃も一度も払わずに!(笑)

―藤岡さんが誰かを住まわせることも考えられますか。

藤岡:うーん、私に余裕があれば。ただ、うちに人を呼ぶのは好きなんです。江古田でもそうだし、ニューヨークから一時帰国したときは、東京の妹の家に居候してたのに、勝手に人を呼んでパーティをやって、妹に怒られてた(笑)。どんな言葉が好きかって聞かれたら、「うちくる?」って言葉がいちばん好きかもしれない。

日本へ帰国して広島へ。川べりにある小さなアパートに住み着いて広島の写真を撮りはじめた。そして2017年、写真集『川はゆく』として発表。

―どんな土地に住んでいるかは制作に影響がありますか。

藤岡:あると思う。やっぱり写真が撮りたいというより、その場所で生活したいというのが最初にあるんですね。広島に住んだときには、部屋から川が目の前に見えて、動きのあるものが見えるっていいなと思ってました。

―川の力。

以下、掲載の写真はすべて藤岡亜弥『川はゆく』より。

藤岡:だけど私、もともと広島県民なのにそこに住むまで、広島市内に6つの川が流れてるってことを認識してなかったんです。川がこんなにも街の中を流れてるって、あまりないはずなのに。で、川って上から下に流れるものだと思ってたら違うんです。行ったり来たりするの。

―下流から上流に向かって流れることも?

藤岡:そうなんです。月や潮の満ち引きの影響で川には川の法則があるんだろうけど、見るたびに表情が違うんです。どくどくと流れていたり、引いてたりと。そうやって川のことに気づくことができたように、広島のことも少しずつ知っていけたらいい、あせらず撮っていけばいいんだと思えました。ヒロシマを知らない私が、そんな責任あるテーマを撮ってもいいんだろうかって、おどおどしたところもあったから。

『川はゆく』は木村伊兵衛賞を受賞して、大きな話題に。展覧会やメディア対応など、とても忙しい日々を送る一方で、生活は滞りがちになってきたという。そして現在、東広島市の山奥へと移り住んで、地域おこしに携わっている。

藤岡:写真集を出したあとも生活は大変で、いろいろ惰性に思えてきて。これはよくない、落ち着いて整理する時間がほしいと思って、昨年末から東広島の村の一軒家に移りました。思ったより不便じゃないですし、新しい経験をしています。

―東京、台湾、ニューヨーク、広島、そして東広島へ。拠点を定めることなく移動し続けられています。

藤岡:計画性まったくないけれど。どちらかというと旅行をしてみたいというよりいろんなところで生活してみたいと思っているところがあって。ちゃんと写真に向き合える拠点を持ちたいとも思ってますし。

―藤岡さんにとって写真の撮りやすい土地ってあるんですか。

藤岡:それはわからない。いつも撮れない、どこにいても悩むから(笑)。

東広島での任期は3年。その先のことは何も決まっていない。「写真を撮ることの根本に生活がある」という藤岡さんだから、またいずれ発表されるだろう写真や写真集を通して、過ごした土地のことが伝えられるに違いない。

取材・文:竹内厚


EXHIBITION

藤岡亜弥写真展『川はゆく』『アヤコ江古田気分』
2018年10月13日(土)まで
ブルームギャラリー(大阪市淀川区新北野1−11−23 ハイム北野B103/06−6829−6937)
http://www.bloomgallery103.com
EXHIBITION
藤岡亜弥写真展
『川はゆく』『アヤコ江古田気分』

2018年10月13日(土)まで
ブルームギャラリー
(大阪市淀川区新北野1−11−23 
ハイム北野B103/06−6829−6937)
http://www.bloomgallery103.com

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