西尾:階段に古い傷があるのも印象的に描かれてました。濱口監督の家に対するこだわりをお聞きしたいなと。

濱口:身も蓋もないことを言うと、一番重要なのはカメラの引きがとれる、その広さがあるかどうかです。縁側というのも、家の中と外でカメラが行き来ができる曖昧な空間としてあったと思いますけど。

©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

西尾:川についてはどうですか。大阪だからということもあるかもしれませんけど、川沿いの風景からはじまって、最後も川でした。

濱口:川はどちらかというと、映画のオリジナルな要素かもしれない。

西尾:そこは、監督自身が川で撮りたいと?

濱口:言いましたね。

西尾:どうして川なんですか。

濱口:なんでかな、水が流れてると気持ちがいいというか、風は画面に映らないけど、水の流れは映るじゃないですか。そして、川というのは、湖などと違って、どこか違う場所につながっている。風通しということばだとちょっと違うかもしれないけど、今、見えている場所がどこか他の場所にもつながっているということが、川を映すことでわかる。その感じでしょうか。

西尾:何年か前に濱口監督と僕でトークをやったときに、映画監督の黒沢清さんの話になりました。濱口監督は東京芸術大学大学院時代に黒沢さんの授業を受けられていますし、僕も大阪の映画祭で黒沢さんに見出してもらいました。そこで、「黒沢清さんをどうやって卒業していくか」「黒沢清さんがやらなかったことをどうやっていくのか」という話をしたと思うんです。で、今回の映画の主人公が成熟しないまま過激になっていくというのは、まさに黒沢清さんが言われていた「成熟しない」という発言、それを久しぶりに思い出しました。濱口監督がやっていることは、黒沢さんとは描き方はまったく違うけど、世の中に対する視線とかにはやっぱり親しい感じを受けます。

濱口:それはね、僕自身は成熟を描いたと思ってるんです。ただ、それが社会の考える成熟とは違うってだけ。なので、社会に逆らうような気持ちも特にないんだけど、自分が自分でいるとどうしても社会と対立してしまう。というところは、似てるのかな、どうなのかな。

西尾:ヨーロッパ的な成熟というか、日本的な成熟とは違う感じがします。

濱口:黒沢さんのことを意識しないわけでもないけど、幸か不幸か、資質が全然違うという思いもあるので。黒沢さんの圧倒的な影響下で映画を撮ってるというのは、これはもう言い逃れできないですけど。

西尾:黒沢さんも「21世紀の映画は川で起こる」って言ってますね。

濱口:まあ、それがまったく頭になかったとは決して言いません。もちろん、それも頭にあった上でやってます。でも、ほんとに自分は黒沢さんとは違うと思いながらずっとやってきたんですけど、ああ、黒沢さんって怖いな、どんどん黒沢さんに近づいていってるなという気持ちはありますね(笑)。

<取材後記>

濱口さんと初めて会った日のインパクトは今も覚えている。繊細な手つきでエッジの効いた、それでいて地に足のついた骨太な映画を撮る、まさに現代日本を代表する若手監督!と身構えていたら、まるでゆるキャラのようなフワフワした、甲高い声の不思議な男性が現れたのだった。しかし、それは油断させるためで、ふんわりムードの会話中、ふと見せる狩人のような鋭い視線はまさに彼の映画と相似形に見えた。
今作『寝ても覚めても』も、スタイリッシュな映像や音楽とスローモーションなどの映画的な気持ち良さを散りばめながら、最初はエンタメ要素の高い恋愛映画だと油断させる。しかし、やはり、残酷な狩人の目はふいに訪れるのだ。
この映画は「一途な恋愛こそが世界中を敵に回せるほど《過激》なのだ」という発明、または再発見だと思う。
SNS全盛の今、この映画に影響を受けた若い恋人たちが、空気も読むのをやめ、他人の目など気にせず愛に走る世の中になる、なんて考えるとちょっとワクワクする。

映画『寝ても覚めても』
出演:東出昌大、唐田えりか、瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉、渡辺大知(黒猫チェルシー)
監督:濱口竜介 
原作:柴崎友香『寝ても覚めても』(河出書房新社刊)
脚本:田中幸子、濱口竜介
音楽:tofubeats
配給:ビターズ・エンド、エレファントハウス
劇場:テアトル梅田、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、シネ・リーブル神戸、ほか全国公開中

取材・文:西尾孔志 編集:竹内厚 写真:バンリ


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