入院患者とその家族のための“民泊”
稲垣三千穂(Airbnbホスト/ファミリーサポートハウス・桃谷)

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Airbnbの登場以降、世界中で広がりを見せる「民泊」。日本でも、いわゆるインバウンド需要や2020年の東京オリンピックを見据えて、自宅の一室や遊ばせている不動産に旅行者を招き入れる人が増えています。しかし一方で、貸借上のトラブルがおこったり、法律の整備が追いついていなかったり――。

そんな中、大阪市生野区桃谷にちょっとユニークな民泊があるという話。Airbnbのサイトで「入院患者とご家族のための宿泊所・病院近辺」というタイトルがつけられたその場所には、以下のような紹介文が添えられています。

“桃谷近辺には大病院がいくつもありますが、入院患者の家族や遠くから治療を受けに来た人々が安心して宿泊できる場所がありません。そこで家を改装して宿泊所にしました。ご家族の入院やご本人の通院を証明する何か(予約表や領収書)をフェイスブックを通して見せて頂いたら、スペシャル・オファーを送って、滞在費を1日千円程度にします。”

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Airbnb : 入院患者とご家族のための宿泊所・病院近辺
(→https://www.airbnb.jp/rooms/5350871

民泊という貸し借りの新たな枠組みで社会問題を解決しようとするこの試みについて、ホストの稲垣三千穂さんを訪ね、お話をお伺いしてきました。

 

#1 病院近くで、安心して泊まれる場所を

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―まずは、提供されている“宿泊所”について、簡単にご説明していただけますか。

稲垣:大阪環状線桃谷駅の近くで、来院患者とその付き添い家族が滞在するための部屋を安く提供しています。建物は3階建て一軒家で、最大3組6人が泊まれます。この近くには大きな病院がいくつもあって、遠方から治療や検査、または見舞いや介護に来る人がたくさんいます。そういった人たちの助けになればと、2014年1月から宿泊を1泊1000円で受け入れています。また、Airbnb経由で海外からの旅行者の宿泊も受け入れていて、こちらは1泊5000円くらいもらっています。

―もともとご自身がお住まいだった家なんですか?

稲垣:ここは宿泊所を始めるにあたって購入しました。私はここから2分くらいにある日本家屋に住んでいます。

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―購入されたんですね。失礼ですが、それはビジネスとして? それともある種の慈善活動なのか社会起業と言うのか。

稲垣:1泊1000円なので、いわゆるビジネスではないですね(笑)。もちろんそれなりに収入になるにこしたことはないですけれど。
この場所を作ろうと考えたのは、2010年に従兄が大怪我を負ったことがきっかけです。従兄は奈良に住んでいるんですが、大阪にも貸家を持っていて、その補修を自分でやっている時に屋根から落ちたんです。あいにく頭から真っ逆さまに落ちて、この近くの大阪警察病院に運ばれ、頭蓋骨を外す緊急手術をやりました。さいわい手術は成功したんですが、お医者さんからは「何かあったらすぐ来てください」と言われて、それで従妹、つまり従兄の妹がしばらく私の家に寝泊まりすることになったんです。でも、私と従妹とは、実は30年くらい交流がなかったので…。

―あぁ、それは気を遣いますね。

稲垣:それほど広い家ではないし、親戚とはいえ30年も交流がなければほとんど他人。生活リズムのズレもあって、たった1週間くらいのことだったんですが、お互いとても気疲れしてしまいました。その時、ふと、「こういう苦労をしている人って実はたくさんいるんだろうな」と思ったんですね。そこであらためてまわりを見回してみると、桃谷周辺は大きな病院がいくつもあるのに、安く安心して滞在できそうな宿泊所がない。病院で周辺のホテルを紹介してくれたりもするみたいですが、どこも立地的に1泊7000円以上、中期〜長期滞在となると金銭的な負担がとても大きい。かといって、それほど身近でもない人の家に居候すると、精神的に疲れてしまう。

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―自身がそういう状況に立たされて、それまで見えなかった身近にある問題に気づいたと。

稲垣:そうですね。だから、同じような苦労をしている人のために私自身何かできることはないか、起こせることはないかなと考え始めるようになりました。例えば、息子や娘が独立して子供部屋が空いている家を見つけて、そこに人が泊まれるようにしたらいいんじゃないかとか。ただ、どうやって実現すればいいのかわからなかったので、結局はまず自分でやってみるしかないかなと、地元の不動産屋をまわって物件を探し始めました。

―なるほど。それにしても、すごい行動力ですね。普通、そういう問題があると気づいたとしても、わざわざ新しく家を買ってまでやろうとはならないですよ。

稲垣:そうですねぇ。ただ、私の場合、もともとの興味やタイミングが重なったというのもあったと思います。従兄が怪我する前、親の介護にかかりきりで働けない時期があって、その頃から不動産で収入が得られるようになればとなんとなくですが考えていました。それから私自身、若い時にアジアで国際協力関係の活動をやっていたことがあって、広い意味での福祉活動や社会起業にも興味がありました。あとは、具体的に物件が見つかったっていうのも大きいと思います。実はここ、競売物件だったんです。なので、先延ばしできなかったというか(笑)。

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文:岩淵拓郎(メディアピクニック) 写真:平野愛


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