レンタルCDの名店、日本橋・K2レコードへ。
冨山店長を直撃。

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#2 音楽ファンが作った場所

#1 はこちら

―こちらのお店はオープンして何年になるんですか。

冨山:2006年からなんで、今年でちょうど10年です。ちなみに、最初の近大前店ができたのがができたのが1980年6月(~2007年​、​日本橋店に合併する形で移転)。もちろん、その頃はCDじゃなくてレコードです。

―1980年といえば、まだレンタルレコードが一般的じゃない、いわばレンタル黎明期ですよね。

冨山:たぶんそれ以前の、レンタルレコードという概念自体がなかった時代だと思います。一般的には東京・三鷹の「黎紅堂」が日本で最初のレンタルレコードだと言われてますが、社長からはうちの方が先だったと聞いています(笑)。

―ちなみに冨山さんがK2レコードに入られたのは?

冨山:大学卒業してすぐの22、23の時だから、確か1998年ですね。

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―最初のお店ができた経緯などは聞いてらっしゃいますか?

冨山:当時、八尾の高安に社長の家があって、そこの倉庫に音楽好きがレコード持って集まって、聴き合いみたいなことをやっていたのがはじまりだそうです。もちろん商売じゃなくて、有志の集いというか大学のサークルみたいなもので、それが雑誌などで紹介されるようになった。そしたらどんどん人もレコードも増えていって、最終的に商売にせざるを得なくなって、近大前に出てきたそうです。

―創業エピソードとして普通にいい話じゃないですか!でも、仲間内でレコード持ち寄ってたところからお商売にするまで、いろいろとハードルもあったんじゃないですか。

冨山:同じような業態の店もないし、法的なルールも整備されてないですから、ひとつひとつ「これは大丈夫?」って確認しながら店を作っていったみたいです。

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―80年代の終り頃ってどこの町にも小さなレンタルCDがありましたよね。

冨山:僕が住んでた街の駅前にもありましたね。ピーク時には全国で7000軒近くあったそうです。

―それが90年代に入った頃から急に減り始め、気がついたらほとんどが全国展開の大型店、それもレンタルDVDに併設する形態になりました。今では音楽CD専門でやってるお店は、もうほとんどありません。

冨山:そうですね。僕が知っているのも、うちと東京の御茶ノ水にある「ジャニス」の2軒だけです。

―なんでそんなに減っちゃったんでしょう。

冨山:理由はいろいろあると思いますけど、1991年に著作権法が改正されて洋楽のレンタル禁止期間が1年に延長されたのは大きかったですね。洋楽を中心に扱ってきたお店はダメージが大きかったし、そのタイミングでレンタルそのものから離れてしまった音楽ファンも少なくなかった。あとは00年代になってからの音楽自体​の​多様化でしょうね。

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―そうした大きな時代の流れの影響は、K2レコードにもあったと思うんですが、結果的には今も音楽CD専門で継続されてますよね。率直にお伺いしますが、店を続けてこれた理由は何だと思います? たぶん辞めるという選択肢はいくらでもあったんじゃないかと思うんですが。

冨山:まあ商売ですから、単純に、続けてこれたのはお客さんに支持してもらえたからということなんですけど、その理由が何かと言えば、やっぱり音楽好きが集まって始まったし、今も音楽好きがあつまってくる店になってるということだと思います。最近はCDが売れないとか、そもそも音楽を聴く人の数が減ってるとかいろいろ言われてますけど、それでもやっぱり音楽が好きで、とにかく知らない音楽を聴きたい、面白い音楽を聴きたいって思う人は、いつの時代もそれなりにいるんです。それはうちのお客さんに関してもスタッフも同じで、たぶん30年前から人が入れ替わっても、基本的な姿勢やその関係は変わってないんだと思います。だから、やっぱり好きなもん同士が集まってるっていうことの強みかなぁと思います。

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THE BORROWERS

借り暮らし、貸し借り、賃貸にどんな可能性がひそんでいるのか。多彩に活躍する方々へのインタビュー取材を通してその魅力に迫ります。いいところ、大変なところ、おもしろさ、面倒くささ…きっといろんなことが浮かび上がるはず。