都市型農業の使い道
鈴木健太郎(オーガニックワン)

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#2 農業を人に伝える仕事につくまで

自らの畑で都市型農業の実験をしながら、農業コンサルタントとして活動する鈴木健太郎さん。そこへ行き着くまでの波乱万丈をお聞きしました。

―そもそも鈴木さんが農業に興味を持ったきっかけは何だったのでしょう。

鈴木:東京農大へ進学したんですけど、もともと農業をやりたいという思いは全くなくて。農業への興味はゼロでした。

―えっ、ゼロですか! それなのに、なんで東京農大に…。

鈴木:東京農大のオホーツクキャンパスといって、産業経営を学ぶ新設の学部に入ったんです。僕は東京出身で、ただ東京を離れたくて、ちょっと北海道へ行ってみたいと思ったら、4年間ずっと北海道で過ごさなきゃいけないと入学してから知りました。オホーツクって稲が育つ北限で、寮の窓から流氷が見えました。ほんとに何もないところに来たなと。

―大学名に東京が付いているのに(笑)。

鈴木:網走市に島流し状態。何か悪いことしたのかなって(笑)。

―オホーツクではどのような生活をしていたんですか。

鈴木:そういう感じだったから、僕は農業の勉強は全くやらずに、大学そばの牧場で乗馬ばかりやっていました。それで乗馬のインストラクターになりたいと思って、卒業後はニュージーランドへ。観光牧場にファームステイして過ごしていたんですけど、そこに11歳の女の子がいたんですね。その子が調教もされてない馬に乗って、柵を簡単に乗り越えていくのを見て、圧倒的な何かを感じてしまったんです。

―ニュージーランドまで行って、乗馬はあきらめたと。

鈴木:ただ、そこで農業にほんの少し関わるようになってたので、農業の仕事に興味をもちはじめたのですが、自分は東京出身で農業をまったくやったことないし、コネも何もない、知識もない。

ニュージーランド時代、ファームでの1枚。

―農大に行っていたのに(笑)。

鈴木:日本に戻ってから、公務員試験を受けて、農業指導員として山梨県に入庁しました。公務員の立場で農業を指導する仕事なので、上司と農家をまわっていくんですけど、実際、それまで稲もちゃんと見たことがなくて。

―頼りないですね。

鈴木:それくらい何も知らなかったんです。すごく苦労しました。だからこそ、わからない人の気持ちがよくわかるんです。僕も、一からすべてを知るしかなかったので、いろんなことに興味を持って、知識を得ていきました。

トウモロコシを育てながら農業や水のあんばいを追求中。

―なるほど。ゼロだからこその理解ですね。

鈴木:もう少し優しく伝えてくれたらとか、難しく言う必要はないじゃないかとか。そのときの苦労が農業を伝える仕事のベースになっているんですよね。

―いろんな畑、農家を見る農業指導員という立場もよかったんですね。そこからどう都市型農業の実践へとつながっていったのでしょう。

鈴木:農家さんと関わる中で、どうやったら自分が貢献できるだろうかと。それで一度民間に出て、農薬メーカーの営業職につきました。それから、もっと農業を人に伝える仕事、売る側より作る側にフォーカスして、農家側の立ち位置で農業を消費者に伝えるお手伝いがしていきたいと、2014年に独立してオーガニックワンという会社を立ち上げました。

―オーガニックワンでは具体的にどのような事業をしているのでしょうか。

鈴木:農業を人に伝える方法をいろいろ考えていく中で、体験農園をサポートしようと決めました。そこで農家さんと組んで、大阪市の支援を受けながら事業をスタートさせました。

―体験農園というのは?

鈴木:一般の人が農家さんに教えてもらいながら農業を体験できる仕組みです。東京ではかなり普及してますけど、関西はまだまだで。都会の人に農業体験をしてもらおうと思っても、食べるものをつくるという感覚がないから、すごくハードルが高いんです。家で花を育てて枯らしたっていう経験だけあって、才能がないと思ってたりして。

―だから鈴木さんは、都会の人に適したやり方を自分の畑で実験されてるんですね。

鈴木:文化を根付かせるためには、課題を1つ1つクリアしていかないといけないので、農業を生活に取り入れていくのにはまだ時間がかかると思います。

ジャンボにんにくを収穫。この後、鈴木さんは作業に没頭するあまり熱中症に。

→#3 農地を都会のコミュニケーションツールに
消費者を農業に巻きこんでいくような事業を開拓中の鈴木さん。つづいては、都市型農業の未来を伺います。


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