小泉寛明(神戸R不動産/有限会社ルーシー)

# # # # # #

「高台で異国の暮らし」「坂を眺める暮らし」「海と山しか見たくない」。
いかにも神戸らしい、そして、想像力をかきたてられるキャッチコピーがつけられた物件の数々。その中に新築はなし、ひとクセふたクセあるリノベーション物件が並ぶ。中にはちょっと使いにくそうな物件もあるけれど、むしろ「こんなふうに暮らしてみよう」「こんな使い方できるんじゃない?」とかアイデアが湧いてきて、見ているだけでも楽しくなる――。

そんな「神戸R不動産」は、神戸を中心に個性的なリノベーション物件を独自の視点で紹介・仲介を行う不動産サイト。かの「東京R不動産」の姉妹サイトとして、2011年4月にスタート。市内で引っ越し先を探す人たちだけでなく、県外から移住を考える人たちにも積極的にアプローチするなど、全国のR不動産の中でも独自のスタンスで運営されています。

この神戸R不動産を運営する有限会社ルーシーの小泉寛明さんは、神戸市中央区を中心に町の魅力を高めるさまざまなプロジェクトを展開する注目の人です。


小泉寛明
1973年兵庫県生まれ。関西学院大学経済学部卒。カリフォルニア大学アーバイン校ソーシャルエコロジー学部都市計画修士号。1999年森ビル株式会社に入社、六本木ヒルズの立ち上げ業務に従事。2002年よりアメリカ・ロサンゼルスにてフリーランスコンサルタントとして活動。2006年株式会社Dressの代表取締役に就任し、静岡県伊豆市のオーベルジュ「アルカナ イズ」の開発と運営を中心としたホテル会社を経営。2006年株式会社アイディーユープラスの取締役に就任し、不動産開発・飲食店にかかわる各種事業を指揮。2010年神戸にてLusie Inc.の代表取締役に就任。街のコンテンツの開発/再生にかかわるプラニングコンサルティングを行う。

 

#1 神戸R不動産ができるまで

1-1_DSC_8028-12

―もともと神戸にお住いだったんですか。

小泉:育ったのは大阪の吹田です。中学から大学まで西宮の学校に通ってたから、神戸にはそこそこ馴染みはありました。

―その頃から神戸が好きだった?

小泉:山と海があって漠然といい町だなという印象はあったけど、それほど強い思い入れはなかったですね。大学を卒業して関西を離れてからは、地方都市のひとつってくらいにしか考えてなかったです。

―大学卒業後はアメリカに行かれてたんですよね。

小泉:ロサンゼルスで都市計画を勉強してました。帰国後は六本木ヒルズができる前の森ビルに就職、しばらく東京にいました。

―今に通じる不動産業ですけど、ある意味、真逆ですね。

小泉:もともと都市のあり方みたいなことに興味があって、だから、わざわざアメリカまで勉強しに行ったりもしました。ただ当時の興味としては、とにかくいろんなところに行って、自分が知らないエッジのきいたものを見たい、感じたいっていうのがありましたから、月に1度は無理矢理にでも時間を見つけて海外へ行ってましたね。そうなると当然お金もそこそこ必要なので、そのために普段は頑張って仕事して、お金と時間ができたらすぐ海外へ。20代後半は、だいたいそんな風でした。

―そういうインプットしまくる時期ってありますね。

小泉:そうそう、年齢的に(笑)。

1-2_DSC_8007-1
神戸市中央区北野にあるオフィス。元カフェだった空間はミーティングやパーティにも。

小泉:それで、30歳になるちょっと前に会社を辞めて、またアメリカへ行くんですけど、ちょうどそのタイミングで、これから建物はリノベーション、リユースの時代になるからって、「R-project」の活動に声をかけていただいて。これが後に、東京R不動産へとつながるプロジェクトになるのですが、そのメンバーが「Rブック(『R the transformers』)」という本をつくるためにロサンゼルスに取材に来られた際に、少しお手伝いをしたりしました。それからは仲良くしてまして、彼らのビジョンやその後の展開をずっと気にしながら見ていました。

―じゃあ、当時はそこまで積極的に関わろうという感じでもなかった?

小泉:そうですね。まさか自分がR不動産をやるなんて思ってもみなかったです。

1-3_DSC_8054-21

―神戸R不動産を始めるにあたって、何かきっかけがあったんですか?

小泉:ひとつは、2008年のリーマンショックです。その頃はもうアメリカから帰国していて、神戸に住みながら大阪のデベロッパーで働いてたんですけど、世の中の状況が劇的に変わって、僕自身も感覚的に潮目の変化みたいなものを感じていました。それでいろいろ考えた末にその会社も辞めました。その後の選択肢として、海外とか東京とかいろいろあったんだけど、どれもいまいちしっくりこない。その少し迷っている時期に、たまたま読んだ『スペクテイター』っていう雑誌で、ポートランドのことを知りました。ポートランドにはアメリカ時代に何度か訪ねたことはあったのですが、リーマンショック以降、それまでニューヨークなどの大都市でバリバリ働いていた人たちがたくさん移住して、仕事と人生を両立させる暮しへ移行していると。直感的に「おお、これだ!」って感じになりました。

―2009年12月発売の「FROM OREGON WITH DIY」という特集ですね。

小泉:巻頭に「この項目に20以上当てはまる人は次のページに進むべし」みたいなチェックリストが載ってるんです。たとえば、「暮らしにDIYをとりいれてみたい」「チェーン店より独立系コーヒー屋だ」「ブログよりZINEだ」「車より自転車だ」とか。今ではどれも当たり前のカルチャーになってますけど、その頃の自分にはかなりショッキングというか、結構、価値観がひっくり返されました。

1-4_DSC_8018-7
『R the transformers』(2002)と『spectator – From Oregon With DIY』(2009)。

小泉:東京にもロサンゼルスにも大阪にも住んでみて、また、都市に関わる仕事に携わってきて、これからの日本の都市について考えたとき、やっぱり外から人が移り住むような魅力がないと厳しいだろうとは考えてました。逆を言えば、そこをきちんと作って繋げていくということをやれば仕事になるかもしれない。その具体的な道筋、イメージがポートランドと重なったんです。神戸はポートランドと環境的にも似たところが多くて、自分自身で暮らしてみて魅力も感じていたから、そこから動き出すまでは早かった。
ポートランドとの出会いは僕にとって本当に大きな転機だったし、今でも神戸でいろんなアクションをおこす上でのモデルになってます。今ではちょっとブームみたいになっちゃってますけど、それでも7年前に読んだチェックリストを今もひとつひとつ潰していってる感じです。

1-5_DSC_8025-10

文:岩淵拓郎(メディアピクニック) 写真:平野愛

「神戸R不動産」の他にも、小泉さんは興味深い活動をいくつも手がけています。曰く「エリアデベロッパー」という仕事のやり方とは。次回お楽しみに。


THE BORROWERS

借り暮らし、貸し借り、賃貸にどんな可能性がひそんでいるのか。多彩に活躍する方々へのインタビュー取材を通してその魅力に迫ります。いいところ、大変なところ、おもしろさ、面倒くささ…きっといろんなことが浮かび上がるはず。