富山の小さな文化施設LETTERを
始めた3人それぞれの理由

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富山県射水市にある、小杉地区。
かつて宿場まちとして栄えたこのエリアに、レトロでかわいい外観をした「小杉郵便局」があります。
その入り口のガラス扉には、なんと“LETTER”という文字が刻まれていたりして、
「なんと粋な計らいをする郵便局」なんて思う人も、いるかもしれません。

しかし、実はここ、もう現役の郵便局ではないのです。
その代わり、とある一人の女性がひょんなことからこの場所に出会い、
なんと、持ち主を引き継いでしまったとのこと(!)。

大家さんとなったのは、永森志希乃さん。
この場所をベースにしながら、「風景と食設計室ホー」というユニットを主宰しています。
加えて、古本屋の「ひらすま書房」を営んでいた本居淳一さんと、
デッサン教室「アトリエセーベー」を主宰する樋口裕重子さんにも声を掛け、
2016年7月から、3人で“ちいさな文化施設”を始めることにしたというのです。

単なるシェアスペースやシェアアトリエではなく、
なぜ、“ちいさなまちに開かれた、ちいさな文化施設”をつくることにしたのか…、
さっそく、中に入ってその理由を聞いてみることにしましょうか。

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1階/風景と食設計室ホー (永森志希乃)
永森志希乃・高岡友美によるユニット。
“遠くの風景とひとさじのスープ。世界とわたしの手のひらは繋がっている”をコンセプトに、風景・文化・社会の切り口から、食のインスタレーションを展開。企業や自治体とのプロジェクトにて、コンセプチュアルなフードプレゼンテーション、ケータリング、アートプロジェクト及びグラフィックデザインなど幅広く手掛ける。2015年より東京/富山の2拠点にて活動。

1階/ひらすま書房(本居淳一)
富山にある、流浪の本屋。屋台やトランクをもって、古本や小さな出版社から発行されているリトルプレスの移動販売を行う。「ひらすま」とは、富山弁でお昼寝のこと。忙しい日々の中でも、ちょっと一息つけるような暮らしの本や絵本などを中心に取り揃えている。

2階/アトリエ セーベー (樋口裕重子)
セーベーという教室名は、フランス語で「白い紙」の意。鉛筆画デッサン教室や各種ワークショップ、映画上映など、アートと映画にまつわるモノやコトを中心に活動を行う。


 

#1 風景と食設計室ホー・永森志希乃さんの場合

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―入った瞬間に感じたのは、歴史の名残を感じつつ、変に現代っぽくアレンジされすぎているわけでもないというか。静謐なんだけど遊び心が散らばっている、不思議な空気感のある場所ですね。

永森:建物自体は大正13年築なんですけど、どうやら元々の持ち主さんが、平成13年頃に一度補修をされてたみたいなんです。だから、壁とか結構キレイなんですよ。ただ私が引き継いだ時には、窓が割れていたのでガラスを入れ替えたり、階段下が物置だったのでキッチンに変えてみたり。照明もなんとなく現代的すぎたので、物置で見つけた古いものに付け替えてみたり。そうやって導線を整理しながら、必要なものを今に合わせて差し引きしたっていうくらいかな。なので実際は、昔も今も建物自体の印象は、ほとんど変わってないんです。

―なるほど。じゃあ入り口のカウンターテーブルも、もうずっとここにあったっていうことですね。

そうだと思います。きっと昔、ここで郵便物のやり取りをされていたんじゃないかなぁ。

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入り口の扉を開ければ、存在感ある一枚カウンターがお出迎え。

―わぁ、いいですね。こうやって当時の面影がいろいろ残っていたりすると、昔の姿を知っている人たちが見ても、懐かしい気持ちになったりするんだろうな。

あ、実は元の持ち主さんが、何度か見に来てくれたんです。改修しちゃうから、「すごく変わっちゃうんだろうなぁ…」って内心思ってたみたいなんですけど、ほぼ何も変わってないので(笑)、すごく喜んでくれて。

―なんだかその光景が目に浮かんできて、ほっこりしますね。あ、そういえば、どういう経緯でこの場所を受け継ぐことになったのか、すごく気になります。

この場所の持ち主だった元郵便局長のお子さんたちがいらっしゃっるんですけど、みなさんもうご高齢だし、しかもこの小杉地区には住まれてないということもあって、自分たちで管理していくのが難しいという話になったそうなんです。それで、実は私の父が近くで建設会社をしているということもあって、「この土地を買ってくれる人に売りたいんだけど」っていう相談があったのがきっかけです。
ただこんな歴史的な建物ですし、市からは「できれば残してほしい」って言われてたみたいなんですけど。

―たしかに、市指定の文化財でもおかしくない風情。

そうなんです。ただもともと個人の持ち物ですし、市が買い取って管理するというところまではいかないみたいで…。だったら、「何かやってみるか?」って父に話をふられたんです(笑)。

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―え、それはプライベートとして? それとも仕事として?

うーん、両方ですね。私、大学を卒業してから東京のランドスケープデザイン事務所に勤めたあと、そこで働いていた同僚と一緒に独立したんです。初めはそのまま東京で活動をしてたんですけど、お互いの生活のペースが変わったり、仕事も都心と地方でのプロジェクトが半分ずつくらいになってきたので、もしかしたら東京にいなくてもできるんじゃないかなって思うようになって。
それだったら、東京を仕事のベースにしつつ、住むのを富山にしてみるのもアリかもしれないなと。それでUターンして1年ちょっと、自宅で仕事をしていたときにこの話が持ち上がったので、「自信はないけど、まずは自分の拠点も含め、この街で自分にどんなことが出来るか考えてみようかな」って、そんな感覚でした。

―たしかに、自分の拠点になる場所を持つか否かって、フリーランスだとよくある悩みかと思うんですが、いきなりこんな空間を、しかも大家さんという立場で手にしてしまう。正直なところ、それってどんな心持ちだったんでしょう。

考えること自体すごく好きなので、初めは喜びの気持ちが大きくて、「1階は本屋にして、2階はイベントスペースにしよう。ギャラリースペースもつくって、外には畑をつくって…」とかいろいろ考えてたら、もうそれこそ夢が膨らみすぎちゃって(笑)。

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―あぁ、その気持ちよくわかります(笑)

そうそう。でも本当にやっていこうと思ったら、これじゃ絶対運営できないよねって思ってしまったわけです。やりたいけど、自分ひとりだと限界がある、と。
そこで、私が主宰する「ホー」という活動を軸にしながら、この空間を良い場所にしていくためにも、想いに共感してくれる人たちと一緒にやっていく必要があるな、と思ったんです。

―「ホー」という活動を軸に据えたうえで、この場所を持つという決断なんですね。“風景と食設計室”というのが、とても素敵なコンセプトだなと思ったんですが。

前職のランドスケープデザインは、直訳すると「風景をデザインする」という意味ですが、再開発事業など、大きな仕事が増えていってデザインする対象が広域になればなるほど、自分とつくったもの、自分と体験をしてくれる人との間に、距離を感じるようになっていったんです。もちろん、ランドスケープデザインは素晴らしい職種で、それを否定するということではないんですが、手でつくることで、自分自身も何かを感じたいし、体験してくれる人も同じように何かを感じているということに自覚的でありたいと思うようになりました。今は、表現をする際に食を媒体にしていますが、これはランドスケープデザインをしていた頃の延長線上にあるものだと思ってます。アイデアを考えるときのプロセスは、ほとんど変わってないですし、いつも風景というものを意識しています。

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ホーがLETTERで開いた最初の展覧会「醗酵する部屋」

―マクロから、ミクロへと関係性を変えていきたいということですか?

というより、ミクロもマクロも一つの線でつながっていると思うんです。食は切り口を変えると、文化や社会問題、哲学や思想、宗教や民俗に至るまで、あらゆる方面と繋がっていくものじゃないかなって。それに、食べるということ自体、全ての人が行う行為ですよね。食べることでその人の中に消えてはいくけれど、体験や行為として記憶に残るものであるということ。なぜなら、一人ひとりが手を差し出して、食べなくてはいけないからです。それを表現に置き換えた場合、鑑賞するという客観的な体験ではなく、能動的で主体性のある体験になる。そういう意味においても、 食はすごく面白いと思うし興味が絶えない。“食べることは生きること”に繋がっているからこそ、 「風景と食設計室ホー」というのが、私の軸になっているんだと思います。

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群馬・アーツ前橋での企画「見えない神さま」では、ツアー型の朗読と食事の会を開催

―なるほど、“手触り感のある距離感”をここで具現化していきたい、ということなんでしょうか。じゃあその想いを人に伝えて、「一緒にやっていこう!」って巻き込んでいくのは、得意なほう?

いや…、実はあんまり得意じゃないんです(笑)。ただ、なんていうか、勘がいいとは自分でも思ってます。 だから、積極的に声を掛けるというより、「この人とだったら大丈夫かな」みたいな直感を大事にしてて、だいたい当たる気がします(笑)。それで、距離を少しずつ縮めていくという感じ。

―そうやって距離を縮められたのが、いま一緒に場を持たれている「ひらすま書房」の本居さんと「セーベー」の樋口さんだったと。

そうですね。でも、私たち3人って、友達や仲間みたいに“距離が近い”っていう感じではないんです。それぞれに軸があって、自立している。でも、向かっている方向が、だいたい同じ。実はこういう距離感って、仕事にしても場を運営していくにしても、ものすごく大事だと思っているんです。それがないと、ちゃんと続いていかないんじゃないかな。

―ちゃんと、続けていく。

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元々公衆電話だったブース。張られたままの紙が、なんともいい味を醸し出している。

「ホー」だって、東京にいる相方と一緒にやっているユニットですけど、誤解を恐れずに言えば、“友達”なんだけど“友達じゃない”というか。もちろんなんでも話す間柄ですけど、仕事の面では親しき仲にも礼儀ありで、お互いの息遣いや距離感を計ること。それが、長く続けるためのコツだと思っているんです。
「やろう! うわー!」みたいなエネルギーを集めて一気に上昇するのもひとつのやり方だと思うんですけど、自分にはそれはできないですね。そもそもそこまでテンションが高くないですし…(笑)。

―焚火型のスタイルだ。じゃあ着火するときもじっくりと?

私自身は、この“LETTER”の横にある母屋を事務所にしているので、普段お店に立っているというわけではないんです。ただ、もともと、この場所には本屋が欲しいと思っていたのもあって、ここ小杉地区をベースに面白い本屋をされている方がいることを知ってからは、「ひらすま書房さんにお会いしてみたいな」って、ずっと思ってたんです。ただ、私自身は直接の知り合いじゃないので、「どうしようかな…」ってひそかに思っていて。そしたらある日、仕事先の方と打ち合せ終わりに雑談をしている中で、ちらりと“LETTER”のことを話したら、その方がなんと“ひらすま書房”のオーナー・本居さんの後輩だということがわかって、それで紹介してもらったんです。

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文:喜多舞衣 写真:山田康太

→#2 「ミラクルって本当にあるんだなぁ」って。
細く長い距離感を大事にする永森さん。人との出会い方もまたゆっくりなのかと思いきや、なんと、ひょんなことから“想い人”に巡り合えてしまうという偶然が!
次回、どんな出会いでお二人が繋がったのか、その不思議ななれそめについて伺っていきます。


THE BORROWERS

借り暮らし、貸し借り、賃貸にどんな可能性がひそんでいるのか。多彩に活躍する方々へのインタビュー取材を通してその魅力に迫ります。いいところ、大変なところ、おもしろさ、面倒くささ…きっといろんなことが浮かび上がるはず。