長嶋有(作家)

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#3 あえて説明したい空間や間取りのこと

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―長嶋さんはずっと賃貸暮らしですか。

長嶋:それはそうなのよ。ただ、うちの父が群馬に山小屋を持っていて、それは持ち家。夏はいつも避暑で使ってます。

―山小屋については、長嶋さんのこれまでの小説やエッセイにもよく出てきますが、長嶋さんの住まいの感覚に何らか影響があったでしょうか。

長嶋:そうかもしれない。セカンドハウスや避暑というのが別に大げさなことじゃないなって。うちの父は貧乏なままだけど、そうやって生きようと決めたらできること。大金持ちしかできない特別なことでは全然ない。
夏はだいたい1カ月、山小屋に行くんだけど、今年は結婚した奥さんもはじめて1カ月いたんです。そしたら、これはいいものだと。生きかたとして自然だっていうのは伝わったみたい。あと、どうしてあなたが旅行に興味がないのか、その理由がわかったと。年に1回、山小屋に行くことで、移動したい欲も違う景色を見たい欲も叶ってるんだって。

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―最近の言葉でいえば、2拠点生活を昔から実行されてたんですね。ちなみに、今の住まいも賃貸でしょうか。

長嶋:そうですね。去年、家を引っ越して一緒に暮らして、家とは別に仕事場を吉祥寺に持ちました。家から仕事場まで自転車で通ってるんです。

―新しい仕事場は快適ですか。

長嶋:これがね、寝ちゃうんだよ。だってベッドもあるから。仕事場とは名ばかり、ネット見て、マンガ読んで、寝ちゃう。ある意味、最高の仕事場ですよ。まあ半分は、マンガやDVDやゲームとかを含めた倉庫として借りてるんだけど。

―うわー、ぜひ仕事場を拝見したいですね。

長嶋:まったくダメですね(食い気味に)。よく作家の仕事場を訪問するって企画があるけど、あれは撮影用に作られた書斎ですよ。そこで仕事をしないわけじゃないだろうけど、本棚にしたって、完全に写ることを前提につくってるよね。穂村(弘)さんもそう言ってました、撮影用に本棚の見えかたは塩梅するって。だから、仕事場を撮影するならアポなしでやらなきゃダメですよ。

―いろんな方の本棚を写すという企画も少なくないですけど、あれも……

長嶋:本棚を見たらその人の個性がわかるって文言を、僕は信じてないから。これは何かで書いたけど、僕の本棚を見ても、僕の個性を表してなくて、つまり、自分の趣味じゃない本が結構ある。知り合いの編集者がつくったキャバクラ嬢の本がどっさりあったりね。縁でいただいたから捨てないだけなのに、「長嶋さん、相当キャバクラ好きなんですね」ってことになるじゃん。あと、マンガにしても面白いマンガから売ることが多い、売れてるマンガはまた手に入るから。失敗作であまり好きじゃないマンガでも、このコマにツッコミを入れられるというマンガはとっておくんです。そうなると、かなりちぐはぐな本棚になるでしょ。有用だからとか、縁があるからとってるだけで、好きというベクトルとはまた違う。だから、本棚を見て個性がわかるというのは浅い、むしろ、事情があるんだろうなと思うべきなんですよ。

―なるほど。ですけど、そうやって聞いてると、余計に仕事場と本棚を拝見したくなってきました。

長嶋:ますますレアな本棚だからね、レアというのは貴重ではなく「生な」という意味で。取材が終わって振り返ったら、ついて来てたりして。

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―きっと怒られますね。けど、まだ引っ越して1年もたっていないから、まだ整った部屋じゃないですか。

長嶋:そう、引っ越しはチャンスだったんだよね。いろんなものをリセットして、捨てたり、売ったり、実家に送ったりしたんだけど…実家に送るのが未練たらしいんだよ。こんまりさんの本では、それは絶対にやるなと書いてある。まったくのナンセンス、先送りでしかないと。これは、痛いところつかれたなと思った。まあ、こんまりさんの言うことにだいたい歩がある、負け戦だよ。

―片付けコンサルタントの近藤麻理恵さんの教えは鋭いですから。

長嶋:常に向こうが言ってることが正しいんだけど、でも、しょうがない! ということだってある。だから、本棚の整理にしても、物を捨てる捨てないにしても、誰か別のひとにやってほしい。他者のジャッジが入れば、もっともだって思うから。ホイールキャップのように理由があって捨てられていることに感心することもあるけど、“別に捨てなくていいから捨ててない”というだけの物もたくさんある。これは場所ふさぎだって誰かに言われたら、確かにそうだねって。

―人によって生活のルール、許容値が違うってことは長嶋さんの小説にもよく描かれていることですね。ちなみに、団地を舞台にした話もよく出てきます。

長嶋:そうね、入り口が2カ所あって、階段を上っていくと左右に203、204号室があるってタイプの四角い団地に住んでたことがあるから。愛着があることは確か。

―団地の面白さって何か感じてらっしゃいましたか。

長嶋:なんだろう…同じ間取りで横並びに生活してるんだけど、上下階には行かない、とか。ドアにクリスマスの飾りつけをしたりする家があるけど、4階に住んでる人は、階段を上がる途中にその下の階の様子を全部見て、知ってる。2階の人、出前とったなとか。けど、2階に住んでると、3階の人のクリスマスの飾りつけは知らないんだよ、ずっと知らないまま。わざわざ上の階の様子を見に行ったりしないと思うんだよね。なんかそういうところが面白い。

―俺は見てるぞという、その不思議な優越感(笑)。

長嶋:よく考えたら、そんなのいいことでも何でもないけどね(笑)。あと、階段を上がるごとに、踊り場からの景色の見えかたがだんだん変わるのも面白いんです。桜の木が上から見下ろせたりね。そういった団地のことを短編で書いて、また気づかずに同じようなことを書いてたことがあって、単行本に入れるときにまずいと思ったことはある。全然違う話なのに、同じ団地に住んでるみたいだったから、そのときは、どっちかの短編で桜の木を切りました。単行本に収録するときに。

―そんな実際の業者みたいなことを(笑)。

長嶋:変な話だけどね。作者が施工して、景色を変えるみたいな。まあバツが悪い。けど、それくらい、団地のことは自然に書いちゃうんです。

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―『三の隣は五号室』『ぼくは落ち着きがない』といった小説では、冒頭に間取り図が出てくるのも印象的でした。

長嶋:文章って空間を説明するのにまったく向いてないんですよ。右に曲がると何㎡のこんな場所があって、これくらいの大きさの窓があってとか、一生懸命に書いても、読者は決してそのとおりには頭の中で解凍してくれない。だから、学園ものの設定がよく使われるのは、ただ「理科室」とか「音楽室」「旧校舎」と書くだけで、なんとなく共通のイメージを想起してもらいやすいから。空間のディテールを懸命に書く必要がないから、その分、人間模様や筋に注力できるんだけど…

―なのに、あえて空間を事細かく説明して、間取りを入れてまで書くというのは、やっぱりそれが伝えたいことだからですね。『ぼくは落ち着きがない』なんて、まさに学園小説ですし。

長嶋:そうなのよ。『ぼくは落ち着きがない』だったら、図書室という空間に固有の場所、部室をつくってしまったことが登場人物たちの面白さの象徴だから、その場所のことをちゃんと描かないと。だから、学園小説のメリットを自ら放棄した学園小説ですね。『三の隣は五号室』も、第一話を「変な間取り」として書きはじめてるけど、よく見るとそこまで変じゃない。三方が障子の四畳半って、この大きさの家では普通じゃないってくらいのことだけど、「変な間取り」と言ってはじめないと、そういう部屋に住もうとした人たちの話だということが強調されないから。

―間取りのことも、住まいの痕跡やコツのことも、そこに気づいて何かを思う人もいれば、まったく気づかないで過ごす人もいるわけですから。

長嶋:そう。なので、そういうところを読んでほしいですね。

文:竹内厚 写真:鍵岡龍門

 


団地が出てくる長嶋有の小説ガイド

tannoi
「タンノイのエジンバラ」
隣家の女の子を不意に預かることになった独身男性、その住まいはエレベーターのある高層団地。ベランダからは都庁が見えるという。

shuku
「丹下」
4階建ての団地に暮らす女性作家の1日の物語。階段の踊り場からの見晴らしやへりの考察をはじめ、団地の周辺環境の描写も細かい。(『祝福』に収録)

haha
「猛スピードで母は」
小6の慎と母が暮らすのは、北海道の団地。霧深い朝、外のハシゴを登ってベランダから家に入ろうとする場面は、物語のハイライトのひとつ。芥川賞受賞作。

para
「パラレル」
僕が大学時代に知り合った津田、その住まいとして8階建ての高層団地が登場。あるとき、僕を団地の屋上に連れ出した津田は少年時代の団地エピソードを語る。なお、津田は「ケージ、アンプル、箱」(『エロマンガ島の三人』に収録)では主人公となって、団地話もちらり。

toi
「問いのない答え」
大震災発生後、ツイッターで投げかけられた問いとそれに答える人々を通して描かれるさまざまな人生。震災で断水になった団地の話や、下の階の住人が初めて上階をのぞくエピソードも。

fukinshin
「フキンシンちゃん」
マンガ制作ソフトを使って作家が挑んだ、初のマンガ連載作。団地に暮らす作中人物のコマでは、作者が実際に暮らしていた団地の扉の画像が使われているそう!


THE BORROWERS

借り暮らし、貸し借り、賃貸にどんな可能性がひそんでいるのか。多彩に活躍する方々へのインタビュー取材を通してその魅力に迫ります。いいところ、大変なところ、おもしろさ、面倒くささ…きっといろんなことが浮かび上がるはず。