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アフリカ・タンザニアの都市部で、自ら古着の行商人となりながら、のべ30か月にわたってフィールドワーク調査。そのデータをもとに書かれた『都市を生きぬくための狡知 タンザニアの零細商人マチンガの民族誌』でサントリー学芸賞を受賞した小川さやかさんの研究室を訪ねました。

小川さんは、昨年、『「その日暮らし」の人類学』と題した新書も刊行して、いまの日本社会とは異なる暮らしの価値観を、さまざまな世界の実例と研究をもとに提案されています。そんな小川さんのタンザニアでの体験、そして、カリグラシ論をお聞きしました。


小川さやか
1978年愛知県生まれ。2013年より立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。『都市を生きぬくための狡知 タンザニアの零細商人マチンガの民族誌』(世界思想社)で2011年、サントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞。

#1 タンザニアでの自然なシェア

―小川さんがタンザニアのムワンザ市でフィールドワークを行っていた2001~2010年は、まだ中国人商人も少なかったこともあって、古着の行商に精を出す小川さんはとても目立っていたそうですね。「外国人のマチンガール(行商少女)」として知れ渡っていたとか。

小川:そうなんですよ。ただ、アフリカのストリートの若者と暮らしながら行商をやっていたというと、よほど神経が太い人間じゃないかと思われるのですが、流されやすい性格なだけだと思います。「やればわかる」といわれたので試しに彼らの商売に参与してみると、仕入先の商人に期待されるし、一緒に商売をしている行商人の売上げにも響くので「がんばって稼がなくては!」となってしまって(笑)。「明日からやめます」というタイミングを完全に逃しました。

―性格だけでは、そこまで続きませんよ。

小川:面白かったのも事実です。タンザニアの都市社会が日本と異なっている点は、若者が大半を占めていることです。ムワンザ市の人口の約8割が当時29歳以下であり、同じ年代の若者のあいだで取引関係や雇用関係が結ばれることが多いため、経済的な立場ではボスであっても社会的な距離感が近いのです。そうやって多く寄り集まった若者たちが、法や警察機構がきちんと機能しないインフォーマルな経済で、だましあったりしながらも、それでも経済や社会を崩壊させずにちゃんと回していく。これは面白い世界だなと思いながら、「私もだまし返してやる」って、はまってしまったのです。

―なじみすぎですね(笑)。

小川:路上商人たちの社会関係が居心地良かったのもあります。アフリカ研究では、日々の相互支援の拠り所となる共同体やコミュニティの重要性が指摘されてきたのですが、若かったこともあり、私自身は共同体やコミュニティに苦手意識を持っていました。浮遊する個人をつなぎとめる役割を果たす共同体やコミュニティは、他方で成員に規範や道徳を遵守させる圧力もあります。私自身は行儀の良い子どもではなかったので、うっかり失言や違反をしてしまうのではないかと気を張ってしまうし、親切にされてもそれをうれしく思う前にお返しをすることばかりを気にしてしまう。

―タンザニアはそうではなかったと。

小川:タンザニアの路上商人たちは、出会ってすぐに打ち解けられるし、ふらりといなくなっても詮索したりはしない。来る者拒まず去る者追わずというとドライな関係にみえますが、決して冷たくもないんですよね。なかなか表現しがたいです。

―調査としてはどういう形をとったのでしょう。

小川:文化人類学が看板に掲げているのは「参与観察」という調査手法です。平たくいうと、現地の人々の活動に参与しながら、雑談や些細な出来事を含めた生活全般を観察、記憶していく方法です。297人の職歴や生活史も聞きましたが、フォーマルな形式のインタビューではなく、料理をしながら、露店で客待ちしながら、バーで飲みながら、少しずつ話を聞きためていきます。酔っ払うとつい余計なことまで(笑)話してくれるので、論文に書けるかどうかは別ですが、とにかく彼らの話を聞くのが楽しくて頻繁にバーに通っていました。

―たくさん話は聞けそうですけど、小川さんも飲んでるんでしょう?

小川:めっちゃ飲んでいますよ。タンザニアでは、割り勘はかっこ悪いとされています。そのため、5人で飲みに行くとしたら、最初の1人が5人分のビールを奢り、次の人が5本を買うというかたちで続き、みなが対等な仲間であることを確認するためには、最低5本は飲むことになります。で、最初の人がもう1本5人分を買っちゃったら…。

―もう1周ですか!

小川:そう、10本です。可愛いかったというと嘘になるけど、当時二十代前半の女子だった私は、筋骨隆々の兄ちゃんたちより先に酔いつぶれるわけにはいかなかった(笑)。

2010年2月、ムワンザ市の長屋風景。写真提供/小川さやか

―ドキドキしますね。どんなところに住んでましたか。

小川:ウスワヒリーニと呼ばれるエリアで、最初は5~6畳ほどの部屋が8つ、コの字型にならぶ家屋の一部屋を借りていました。横に長くはないのですが、長屋のような場所です。トイレや水道、水浴び場などが共有であり、部屋のなかで火を使うと蒸し暑いので、中庭で料理をします。各部屋には5人家族だったり、田舎から出稼ぎにきた若者たち4人だったりが共同生活をしていました。

―小川さんはその長屋でひとり暮らしを?

小川:そのつもりで部屋を借りました。ただ、近所のバーガールたちが家賃を払えずに部屋を追い出されたと押しかけてきて一緒に暮らすことになったり、仲間の商人たちの部屋や調査助手の家族の住む部屋に居候したりもしました。セミダブルのベッドに4人で寝る場合、頭、足、頭、足って交互に寝ると、スペースが節約されるし、顔をあわせないので照れずに寝ることができるんですよ。って無駄な知識かしら。

―セミダブルで4人はだいぶ狭いですね。ふだんの生活はどのような感じでしたか。

小川:朝7時頃になると近くに住んでいた行商人が迎えにくるので、連れ立って古着の仕入れに向かい、8時か9時頃に街中で行商をはじめ、夕方18時頃まで商売をしていました。その後に掛売りをしてくれていた中卸に仕入れ代金を返しにいき、しばらく路肩で仲間の商人たちとコーヒーを飲みながらだべり、儲かった日には聞き取り対象者をつかまえて飲みにいく。深夜に部屋に戻ってフィールドノートを書いているうちに爆睡。近所の家具職人に特注して小さな勉強机と椅子を作ってもらったのですが、週の半分位は机につっぷして寝ていました。

―勤勉な研究生活というのでしょうか(笑)。ハードですね。

小川:楽しい生活でした。確かに日々の生活はカツカツですが、住民の多くは「いつかはきっと」という希望を胸に貧しい今の自分を肯定したりハードな労働に耐える自身を誇れる若者たちです。こんな商売をしたいと夢を語りあい、誰々が好きだといった「恋バナ」で盛り上がったりする光景は、なんというか大学の寮のようでもある。毎日一緒にいれば喧嘩もしますし、プライベートな時間がないのでしんどいときもありますが。

―人との距離が近いというか、常に身近に誰かがいる社会なんですね。

小川:一軒家やマンション暮らしとは違って、公私の境界、私のモノとみんなのモノの境界が曖昧な空間です。壁が薄いので、隣の部屋の話し声は筒抜けです。夫婦の営みの際にはラジオやテレビの音量を最大にするんです(笑)。気づいても皆さん知らん顔をしているのですけれどね。
昼間はドアを開けっ放しにして暖簾をかけておくだけなので、ベッドで寝転びながら暖簾越しに中庭で料理をしている奥さんたちの井戸端会議に参戦したりもします。「ちょっと借りるわね」と持っていかれた私のフライパンは、長屋中を旅します。中庭の共有ロープに洗濯物を干しておくと、隣りの女の子が勝手に着て出かけ、夕方に「この服、借りたよ」って。

―事後報告ですか。

小川:そう。そのような形で様々なモノが自然な形でシェアされています。私は調査に多くの服を持っていかないんですよ。友人と貸し借りするし、古着商をしていた仲間の露店をクローゼット代わりにしていたので。どうせ古着なので1日くらい拝借しても問題なしです。
ある日、友人の男性が「片思いの女性に告白したいけど自信がない」というので、露店商をしていた友人は彼に一張羅の服と靴を貸し、タクシー運転手の友人は車を貸し、私は飲食費をカンパして、一人暮らしをする友人はきれいな部屋を貸し、即興的にハイスペックな男性に変身させたんです。まあ、メッキは即効で剥がれたんですが、彼の一世一代の勝負は成功しまして、めでたく彼女と結婚し双子の父親になりました。ずいぶん後に彼の奥さんとそのときの話をしたら、「困ったときには服も車も家も貸してくれる友人がいるのだから、それらはふだんの生活にないだけで、持っているのと同じなのよ」と言われ、なるほどと思いました。

―日本だと事後報告の貸し借りやシェアは嫌がられるというか、怒る人が多そうです。

小川:そうですね。所有論にも関係しますし、それを考えるのは面白いことですね。日本人が突出した潔癖症であることにも一因がありそうです。それに他人に借りること自体にためらいがあり、自分自身は「貸して」と言えないことにも理由がありそうです。

―なるほど、自分だけ使われて損しているような気になると。

小川:誰かと何かをシェアするのが苦手なのは、一種の「努力神話」とも結びついていると思います。

―そんなところにも理由がありますか!

文:竹内厚 写真:小檜山貴裕

#2 無条件の条件を考えてみる
次回、努力神話と結びついた所有の話から、返さなくてもいい借りの話まで。目からウロコな「カリグラシ」論をいろいろとお聞きします。


THE BORROWERS

借り暮らし、貸し借り、賃貸にどんな可能性がひそんでいるのか。多彩に活躍する方々へのインタビュー取材を通してその魅力に迫ります。いいところ、大変なところ、おもしろさ、面倒くささ…きっといろんなことが浮かび上がるはず。