大川輝(POS建築観察設計研究所)
と大阪・此花の今

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若いアーティストの拠点が集まってきている大阪の此花で、物件紹介などさまざまな「お手伝い」を行っているPOS建築観察設計研究所の大川さん。実は事務所を立ち上げるまで此花とは何の縁もなかったとのこと。

#1 はこちら

#2 「観察」の延長でいつしか地元感覚に

―そもそも大川さんが此花で町のことをいろいろとするきっかけは何だったんですか? 此花の出身ではないですよね。

大川:出身は守口市です。そのころ付き合ってた彼女…って今の奥さんですけど、西九条に住んでいたので、それで此花には何度か来たことはあったっていう程度です。具体的に町と接するようになったのは2007年ごろからかな。大学で建築をやってたんですけど、当時出入りしていたまちづくりコンサルの会社(株式会社iop都市文化創造研究所)がこのあたりのまちづくりの仕事を受けていて、その流れで此花に出入りするようになりました。

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と言っても、僕自身コンサルとして入ってきたわけじゃなくて、事務所を借りたんです。当時「此花アーツファーム構想」という、アーティストやデザイナーなど創造的な活動を志している若い人を町として受け入れていこうというプロジェクトが動き始めていて、そこに乗っかった感じです。僕はいわゆるアーティスト志向ではなかったし、具体的にこれからどういうことをしていこうというのもまだ決めきれていなかったんですが、これから町が新しい方向に動き出すことには興味があったし、集まってきたアーティストも魅力的でした。だからまずはそこに関わってみようと。

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―POS建築観察設計研究所を立ち上げたのもそのころですね。でも何をするか決めてなかった。

大川:もちろん建築とかリフォームをやろうという漠然としたイメージはありましたよ。でも、いろんなアーティストやその周辺と関わるようになったら、展示の会場構成や設営を頼まれるようになって、そのうちイベントの企画や制作の仕事も入ってくるようになりました。もともと楽しいことを優先してやってしまうほうなので、自然とそちらのボリュームが多くなっていきました。

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事務所の本棚には、建築とまちづくりに混じって、アートやアウトドア、料理の本なども。

―ちなみに事務所の名前に「観察」という言葉を入れたのは? 普通は建築事務所の名前に入れないですよね。

大川:やっぱりまちづくりに関わっていたから、何やるにしてもまずはしっかり見たいって想いが強かったんだと思います。それは今も基本的には変わってないんですけど、町の様子やそこでの人の関わり方とかをしっかりと自分の目で見て、それを建築なり風景なりに落とし込みたいなと。直接的には今和次郎の「考現学」とか、赤瀬川原平の「路上観察」とか、あと時代的にはアトリエ・ワン(*都市観察を活動のひとつとする建築ユニット)なんかも流行ってましたし。

―大川さんが町のことをいろいろやるようになったのは「観察」の延長なんですね。なるほど、ようやくちょっと分かってきました(笑)。

大川:まあ成り行きの部分も大きいですけどね。たまたま此花と縁ができて、ちょうど僕自身も独立する上でフィールドを探していたタイミングだったから、あまり深く考えずに飛び込んでみた。そしたらいつの間にか面白い仲間がたくさんできたり、いろんなことに巻き込まれたりして、気がついたら地元っぽい感覚にはなってました。だから今となっては「観察」っていうような客観的な目線じゃなくて、むしろ現実的な責任感の方が強いです。実際僕が此花に引き入れた人もけっこういるし、いろんな相談を受けたりする中で、ここでやらなあかんというか、頑張らなあかんねんやって気持ちになってます。正直仕事として考えるとそれが正しい距離感なのか今でもよく分からないです。それでもここまでどっぷり入ってみないと見えてこない部分もあるし、それが見えてきたからこそできる仕事もあるのかなと。

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日替わりカフェ兼シェアハウスのPORT。商店街の元魚屋をPOSで改修した。管理人を務めるのは音楽家の米子匡司さん(左)。


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