大倉曉(白川村地域おこし協力隊)

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#3 家を預かっている、という感覚

最後に、大倉さんの場づくりにかける想いや、白川郷での新しい場のカタチについて。あれやこれやと、たっぷりと語ってもらいました。

―場づくりの中で人をつないでいくのが、大倉さん流コミュニケーション術。その新しい息吹が、またひとつ、ここ白川郷で生まれたとうかがいました。

大倉:7月18日~20日に、国内外で移動式映画館をつくってる「CINEMA CARAVAN」というプロジェクトチームと一緒に、“五感で体感する白川郷”をテーマにした『CINEMA CARAVAN in 白川郷』を開催したんです。期間中は、村全体を舞台に、映像や音楽、食といった様々なアプローチから、食文化や伝統文化など、白川郷の魅力を立体的に体感できるプロジェクトになりました。

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白川村役場にて。村長との距離が近く、今回も村全体のバックアップ体制があるとのこと

―話を聞くだけでも、なんだかワクワクしてきますね。

ちょうど去年、たまたまシネマキャラバン主宰の志津野雷さんという方が取材で白川郷に来られて、そこで知り合いになったことできっかけなんですけどね。もともと逗子からはじまった映画祭なんですが、そこにも遊びに行ったことが過去にあったんです。

―逗子の映画祭…波の音にオレンジの夕陽。そして心地いい喧噪。おしゃれなイメージです。

僕も、はじめは海岸でスクリーン立てて遊ぼうみたいな、いわゆる“オシャレなフェス”なんだろうなって思ってたんですけど、でもそれだけじゃなかった。ベースにあるのは、人と人をつなげるとか、地域と地域をつなげるという、“想いの集合体”を具現化した場づくりだったんですよね。

―つながりが具現化された場所ですか。

主宰メンバーがミュージシャンやアーティストなど表現を生業にしている人たちで、彼らの想いに賛同した人が逗子に集まって、そこからいろんな出会いが生まれて、またいろんな地域に派生していく。8月には新潟の妻有でも開催予定だし、スペインのサン・セバスティアン、6月にはインドネシアでも開催されていて、今回は新たに白川郷という結びつきが生まれたということです。

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―これからの季節、夏は“音楽フェス”がたくさんありますけど、大倉さんが想い描いている人をつなぐ場は、“映画祭”じゃなきゃ難しかった?

実は飛騨地方にね、いま映画館がひとつもないんですよ。高山にあった映画館もなくなっちゃって…。あとね、世界遺産地区にある家は木造だから、年中花火ができないんですよ。だから、ここに住む子どもたちにお祭りのワクワク感をつくってあげたいし、いろんな大人がいるんだよっということを教えてあげたい。そういう意味でも“夏の夜の映画祭”っていいな、と。

―映画をスマホで好きな時に好きな場所で見られる時代ですけど、あえて、ひとつの場所や空間を、いろんな人と一緒に過ごすというか、時間と空間をシェアするんですね。

必ずしも映画だけを見てもらうことが目的じゃないんですよね。住民とゲストとお客さんが一緒に何かをつくったり、共有する。その体験自体に価値があるから。住民は昔からの伝統行事は守り続けているけれど、自分たちの力で新しいものを生み出す文化は根づいてない。そこにいろんな地域の人が来てつながることで、白川郷の住民が自分たちの生活を見直すこと、そして新しいチャレンジをしようと思えるきっかけにもつながるのかなと思うんですよね。

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―こういううねりを生み出すことが、きっと大倉さんのライフワークなんでしょうね。

場所は違えども、今まで仕事や遊びでも、いろんな人が交わるような場をつくれたらいいなという想いはずっとあります。でも結果的には何をしたいかよりも、自分たちや住んでいるひとがどうありたいか、が何より大事だな、と。みんなが“いいね”って思える世界をつくること。場づくりは、そのためのツールでしかないんですよね。

―昔の文化を守り住み継いでいる人々の中を、たくさんの観光客が闊歩して行きかう。この光景に身を置いている大倉さんこそ、まさに“映画の中に住んでる人”みたいな感じもします。

いま各地で「住み開き」をしてる方が増えてきていますけど、この観光地ど真ん中で住み開いてみるのも面白いだろうなと思ってます。たとえば、家の2階でコーヒーを焙煎すれば、煙が出るから屋根にもいいし、コーヒー豆もできる。それをお土産用にして売った利益の一部を、合掌造りの保全費として充てるような、そんな新しい文化財保存のカタチがあると面白いよねって、みんなで話をしてたりします。

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―やはり“保存”という意識は切っても切れないんですよね。同じ一軒家を借りて暮らす行為は同じでも、世界遺産という冠がつくことでの“責任”みたいなものって、感じるものでしょうか?

ヨーロッパでいえばドイツの城に住むみたいなもんですからね(笑)。住む面白さもあるし、家を構う楽しさもある。ただ一番感じるのは、“預かってる”という感覚かな。

―預かってる。その言葉には、脈々と受け継がれてきた過去から今、未来の流れを想像させますね。

地域おこし協力隊の活動の一環でもあるし、僕の人生の中の一環でもある。完全には受け継げないですけど、その永い歴史の一部に携わらせてもらっているというのは、誇りですね。住んだ当初はネズミも結構いましたし、コウモリも虫もいて、毎日キャンプみたいな感じ。1、2カ月みないうちに、2階はクモの巣だらけ(笑)。でもね、居心地がいいんでしょうね。そういう意味では、なんていうか、逆に僕が自然や歴史の中にお邪魔してるかんじ、なんだろうな。

 
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―自分が逆にお邪魔してる。その発想、言い得て妙。素敵ですね。

ここに住んでみて実感したのは、田舎で暮らしながら家を構うことは、自然のリズムに体をあわせていくということなんだな、って。ただ、僕の場合は都会と白川郷という、都会暮らしと田舎暮らし、都会時間と田舎時間を、毎月半分半分のリズムで往復してる。だからいまは、家を預かっている、という感覚くらいが、ちょうどいいのかもしれませんね。

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文:喜多舞衣 写真:山田康太


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