笑福亭生喬(落語家)
と長屋住まいの話

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日本一高いビル、あべのハルカスの誕生でにぎわう大阪・天王寺から1駅のロケーションなのに、都会の喧騒とは無縁のように独自の時を刻み続けている美章園界隈。
そんな風情あふれるこの町で、今では珍しくなった長屋暮らしを楽しんでいるのが落語家の笑福亭生喬(せいきょう)さん。味わいのある駅前の商店街を抜けたところにある長屋が生喬さんのお住まいです。
落語家さんの長屋暮らしとは一体どんなものなのか? 生喬さんにじっくり、たっぷりお話をうかがいました。


笑福亭生喬
1968年、三重県松阪市生まれ。1991年3月17日に笑福亭松喬に入門(師は2013年に没)。第8回繁昌亭大賞、平成12年度なにわ芸術祭新人奨励賞ほかを受賞。現在は各地で落語会を開催中。今年、噺家生活25周年を迎える。

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#1 家主さんと周旋屋さん

ーこの長屋にはいつから住んでおられるのでしょうか。

新婚からなので、早18年くらい。私がマンションがあかんのですわ、高いとこが苦手で。

ーだんだん手狭になってくるものですけど、一度も引っ越しを考えなかったですか?

考えないこともないですけどね。嫁はんが阿倍野で育ってるんで、あんまり阿倍野を離れたくないっていうのもあって。家主さんから「生喬さん、すみません。新しい家建てるんでちょっと立ち退いてもらいます」て言われたら考えます(笑)。

ーこの長屋はどうやって見つけられたのでしょう。

大手よりもやっぱり地元の店がええやろと、この近所の周旋屋さんに行って紹介してもらいました。最初に見たのがこの長屋やったんです。普通やったらもう2、3軒見るやないですか。でも、うちの嫁さんが「この値段でこれ以上のところはないと思う」って言うんで、他を見んと決めました(笑)。

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美章園はJRの高架下が商店街に

ーそこから18年、長屋住まいだと隣近所とのつきあいが大事ですよね。

壁は薄いからね。音はよう聞こえますよ。今は両隣が空き家ですけど、隣に住んではった時は、お母さんと子供さんの朝から怒ってる声が聞こえるんです。「はよ学校行け」ってことですよね。それでこっちも目ぇ覚めて、ああ7時かって(笑)。それこそ、こっちがしゃべってるのもお隣りへ聞こえてるわけですから。お互いに口には出しませんけど、「すんませんね、騒がしくて」って感じはありますね。

ー長く住んでいたら町との関係も深まりますね。

向かいが大家族なんですけど、ここらに住んでる子はみんなええ子でね、会うたら「こんにちは!」って。で、車もそんなに通らないんで、鬼ごっことか、家の前をダダダダって走って遊んでますわ。

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ー家主さんとの関係は良好ですか?

いいですよ。年賀状のやり取りもさせてもらってますし、何かあったら電話もあります。もちろん、私が噺家してることを知っておられますので、それで仕事を言うてもらったことも何回かあります。「生喬さん、落語してもらえませんかね」「いいですよ」って。断られへん(笑)。そのおかげではないでしょうけど、18年間、一度も家賃は上がってないんですよ。

ーそれはすごい。

これだけいろんな物価が上がってるのに、ずっと家賃は変わらず。この長屋を紹介してもらった周旋屋さんもご夫婦でされてるんですけど、ええ方で。ご近所なので、いつも店の前を通ったら挨拶するし、ちょっと「水回りの調子が悪いんです」って言ったら、業者を呼んで修理もしてくれる。「なんぼですか?」「いいです、いいです、大家さんに言うときますから」って。お金取られたことないです。

ー不動産屋さんとの関係って、家を紹介してもらったら終わりだと思ってました。

この近辺はそういうとこ多いんですよ。大きいとこってないですから。町に根づいてお商売をされている。だからうちに弟子が来て、弟子の生寿がこの近辺に住むとなった時にも紹介してもらいました。その後、生寿が結婚したときにもまた新居を探してもらって。生寿はこの近辺にある、小高いところにあるマンションに引っ越したので、津波が来たときには避難させてもらうつもりです(笑)。

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文:日高美恵 写真:平野愛 編集:竹内厚

次回、「住まい探訪」のごとく、生喬さんが住まう長屋を案内いただきます。何よりも大事なネタ帳のこと、そして、長屋の驚きの構造も明らかに。


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借り暮らし、貸し借り、賃貸にどんな可能性がひそんでいるのか。多彩に活躍する方々へのインタビュー取材を通してその魅力に迫ります。いいところ、大変なところ、おもしろさ、面倒くささ…きっといろんなことが浮かび上がるはず。