杉本容子の考える
水辺の暮らしと仕事

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仕事としてさまざまなまちづくりに関わってきた杉本さん。いち生活者として、街のプロフェッショナルとして、大阪の川口エリアについてもう少し話をお聞きしました。
 

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これから変えていける余白のある街

まちづくりのプロとして、引っ越してきてから気がついたこともあるのだそうです。

杉本:ずっと都心部で街づくりの仕事をしていると、どのエリアを誰がしかけているのかだいたいわかってきてしまうんですよね。でも、川口はよくも悪くもインナーエリアで、最近はお店も少しずつ増えてきてはいますけど、まちづくりの取り組みはまだあまりされていないんです。色が付いていないというか、これから自分が関われる余白がある。

川口エリアだけでなく、木津川にもまだ手付かずの部分が多いといいます。

杉本:木津川は「トコトコダンダン」という親水空間が新しく整備されるなど、最近少しずつ動きが出てきています。そういった活動と一緒に、ここでも何かできたら。たとえば船着場をつくったり、床を出したり、釣り堀をつくったり…。川に対するアクションをこれからとっていきたいですね。

杉本さんのお話からは、川口という街や水辺のすばらしさを多くの人と分かち合いたいという気持ちが伝わってきます。

杉本:江戸時代には、船の荷物の積み下ろしがあるので川に接した場所には建物が建てられなかったんです。みんなの土地だったんですね。だから今、私たちが占有してしまっているのが申し訳なくて。
自宅なのでレンタルスペースにしようというつもりはないのですが、すごくいい場所なので独り占めするのはもったいないと思うんです。自分の土地というよりも、「街に住まわせていただいている」という感覚ですね。

杉本さん・武田さん夫妻のように若い家族が引っ越してきたことは、高齢化していた町会の人々にも歓迎されているそうです。

杉本:私はベッドタウンで育ったので、大阪に来たときは地域コニュニティの濃さに驚きました。とくに、市街地にある農村集落に一目惚れしてしまって。近所の人がみんな顔見知りっていう環境で、子どもを育てられたら幸せだと思ったんです。そんな暮らしを、ここで実現できつつあります。

子どもがいると街の人に声をかけられることが多く、よりいっそう街に溶け込みやすいと実感しているといいます。

杉本:毎日0時すぎまで仕事をしていた以前の生活では、住んでいる街とコミュニケーションを取ることが全然できなくて。まちづくりの仕事をしているのに、なんだかおかしいなあと感じていたんです。コンサルタントとして関わっている街のことも、頭と体を使って全身で考えるんですが、結局は外の人。ずっと自分の街がほしいと思っていました。だから今、川口という土地に根付けていることが、本当にうれしいんです。

居心地のいい空間を街へ広げる

川口お旅所をつくった経験によって、これから取り組んでいきたい仕事も変わってきたといいます。

杉本:大学では工学部だったのでもともと建築系の出身なのですが、「ハードじゃないことをやりたい」ってずっと思っていたんですね。それでプランニングばかりしてきたんですけど、ここをつくったことでハードのもつ力というか、空間のすごさを実感しました。この場所があるだけでこんなにも暮らしが変わったり、可能性が広がったりするんだから、公共施設なんかだともっとすごいだろうなって。
どれだけいいことを考えてビジョンをつくったとしても、やっぱりアウトプットがないと訴求力が出てこないんですよね。メディアはメディアとして必要ですが、最終的には空間に落ちるべきだということを最近すごく考えるようになりました。それで、道路整備や複合施設整備のような、ハードとソフトを一緒に検討する仕事を増やしているんです。

人が活動するスケールの建築にもっとも興味があるという杉本さん。やはり、川口お旅所が実験台になったのでしょうか。

杉本:そうですね。ここは1階と2階あわせて約140㎡なんですが、私はそのプランニングをしただけでなく、今は維持・運営を行う管理人的な立場になっています。なので「このくらいの規模の施設だったら何人くらいスタッフがいるな」ということが、体感的にわかってきた。すごくいいシミュレーションになったと思います。もう、暮らしまるごとが実験ですね。

また、川口お旅所のもうひとりのオーナーである武田さんは、この場所のよさと川口という街との関わりについて考えているといいます。

武田:この空間の居心地のよさを、どうやって街へと広げていくかっていうのが大事だと思うんですね。最近の都市では「いい空間」が増えてきているんですけど、それが都市のよさにつながっているかというとなかなかうまくつながっていないことが多い。空間のよさを街のなかへ拡張していくためのステップが必要なんだと思うんだけど。

杉本:実務者としての立場からいえば、街との関わりを体感できるようなシーンをひとつひとつつくっていくしかないと思う。ここは、そのための実験場です。具体的な方法は小さなプロダクトかもしれないし、メディアかもしれないし、プログラムかもしれない。そのための議論や挑戦を、ここでしていきたいですね。川口お旅所が、街をよくしていくための拠点になったらうれしいです。

もともとは公共の場であったという河岸に建つ川口お旅所は、住まいの居心地のよさを街へ広げていく場所としてぴったりであるように感じます。ここから今後どのようなものが発信されるのか、とても楽しみになりました。

取材・文:牟田悠 写真:沖本明 編集:竹内厚


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