バンコクの
路上おにぎり屋から見える景色

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#2 ストリートに立つという表現

タイ、バンコクの路上でおにぎり屋を営む馬場育宏さん。
時計は9時をまわり、本日はそろそろ店じまい。
アイスコーヒーを片手に、引き続きお話を伺いました。

―おつかれさまでした。もしかして完売?

馬場:まだちょっと残ってますけど、時間的にも人が引く頃なんで、もう今日はここまでですね。

―1日でだいたい何個くらい売るんですか。

馬場:だいたい50~60個くらいかな。

―始めた当初からけっこう売れました?

馬場:全然ですね。一番最初は夜、家の近くの駅のそばで売ってみたんですけど、ほとんど売れなかったです。よく考えたら、夜って湯気が立ってるものを食べたいじゃないですか。これはあかんなぁと思って、次の日から昼に変えました。そしたらボチボチだけど売れるようになって、これはいけるんちゃうかって手応えがあった。結局、今は朝7時開店になってます。

―場所もいろいろ転々とした?

馬場:最近はこの辺り(BTSアーリー駅近く)で落ち着いてますけど、5回くらいは場所を変えました。このエリアは、クリエイター系のオフィスが集まってたり、路地に入ると雰囲気のいいバーとかもあります。だから、ちょっとアンテナの高い人が多くて、「何売ってんの?」って興味持ってくれるし、歩いてる人を見てるだけでも結構、気分いいです。

―あ、もともとストリートな人なんですね。元メッセンジャーだし。

馬場:そうですね。こんな格好でおにぎり売ってるのも、やっぱり見られてるっていう気持ちよさがあって、どっかで自分なりの表現だなって思ってます。たまに写真とか撮られたりして。

大阪でメッセンジャーやってた時もそうだったけど、スタイルにはそれなりにこだわりがあるんです。道でおにぎり売るにしても、やっぱり自分がカッコいいと思うスタイルで立ってたい。それは服装の話だけじゃなくて、こういう商売のやり方も含めてですね。路上で商売やってるのって、結構いい歳のおっちゃん、おばちゃんばかりで、たぶん誰もカッコよさなんか気にしてないと思うんですけど、自分にとっては大切なことですね。

―そう言えば、さっき隣でカイチオ(タイのオムレツ)売ってるおばちゃんと話してましたね。顔なじみですか。

馬場:毎朝会うんで、いつの間にか仲良くなりました。と言っても商売敵でもあるんで、そのあたりの礼儀は気にかけてます。いつもひとつは彼女のカイチオ買うようにしてます。

隣のおばちゃんと記念写真。

―グレーな路上商売だからこそ、同業者との関係は大事。

馬場:逆に受け入れてもらわないと、商売できないですから。そういう意味で、新しい場所で売りはじめる初日は本当に緊張しますね。右も左も知らないところに、片言のタイ語しか話せない外国人が入っていって商売するためには、まずはニコニコして、ちょっとでも受け入れてもらわんと。隣のおばちゃんにしたって、僕が来たせいでたぶん何人かはおにぎりに流れてるだろうし、それ以外にも何か困ったことがあると頼らなければいけない時もある。だから偉そうにはできないですよ。まあ、どんな仕事でも同じかもしれませんけど。

―タイに来て3年、路上おにぎり屋を始めて1年半、何か気持ちの上で変わったことは?

馬場:もともとタイが好きで来たんですけど、タイ人とタイという国がもっと愛おしくはなりました。まずもって毛嫌いされることがないというか、こっちが心開いたら向こうも心を開いてくれます。そういうことは路上でおにぎりを売ってなかったら見えてこなかったことかな。だから、今はこの国のいろんな人ともっと仲良くなって、コミュニケーションをとりたい。タイに住みはじめた頃は、カオサンで知り合いの日本人とよく呑んでたんですけど、最近はタイ人が集まるバーとか呑み屋ばっかり。

あと、そもそも3年くらい住んで日本に帰るつもりでいたんですけど、まだまだいることになりそう。というか、もっといたいですね。おにぎり屋もそうですけど、気持ち的にはようやくスタートラインに立てた感じなんで。

文:岩淵拓郎(メディアピクニック) 写真:タウィーワット・ソンプラサートスリ


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