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博多にある4つの賃貸ビルが、いずれも人気と注目を集める吉原住宅。
ユニークかつ科学的なそのやり方は、旧態依然としていた業界にあって、当然、大きな支持を呼んでいる。

吉原住宅が抱えるビルの中で最も古い、築年数約60年の「冷泉荘」。ここに、吉原住宅の吉原勝己さんを訪ねた。しかも吉原さん、最近、久留米で団地3棟をまるっと購入して、新たな取り組みもスタートさせたそう!


吉原勝己
1961年、福岡市清川の旅館「いずみ荘」で生まれ育つ。旭化成医薬品開発部に17年間勤めた後、吉原住宅を継ぐ。ビル再生の手法を活用する株式会社スペースRデザインの代表取締役、NPO法人福岡ビルストック研究会の理事なども務める。

 

同潤会アパートを見た経験

福岡の繁華街、中洲や天神に隣接した川端商店街。
その商店街のひとつ裏通りに冷泉荘は建っている。1958年築の5階建て集合住宅が、今では事務所、アトリエビルとして再生。耐震改修工事も終えて、築100年を目指すことを公に宣言している。

冷泉荘入口に設けられたビルの案内板を見ると、見事に満室! しかも、ひと部屋ごとに業種の異なる魅力的な入居者が集っていて、ビルの下から上まで探検したくなる。

ベーグル店、博多人形の工房、革靴の工房、建築事務所、写真事務所、韓国語教室、バーなどなど。 

吉原:僕は2代目の大家で、父から会社を引き継いだのが2000年。その時の冷泉荘は、ほんとに大変な状態でした。
浮浪者が泊まりこんでたり、風俗関係の事務所が入っていたり。最後は、海外からの問題ある人たちが入ってましたから。その頃の冷泉荘にもお連れしたかったですね(笑)。

―今の様子からはまったく想像できません。当時は放ったらかしの状態だったんですね。

吉原:いえいえ。ちゃんと管理はしてましたけど、周りの環境だったり、建物が古くなって家賃が下がってくると、そういったターゲットになっちゃうんですね。
それが現実にあるのが賃貸業なんです。

 
2000年といえば、リノベーションや物件再生がまだ今ほど当たり前ではなかった頃。全国的な事例を調べあげて、雑誌なども見て、荒んだ冷泉荘をどうすればいいのか。吉原さんはひとつの答えを出した。

吉原:欧米でやっているようなリノベーションをするか、あるいは建物をつぶしてしまうか。もう、その究極の選択ですね。
リノベーションをやるにしても、信頼して委託できるような事業者がまだいなかったので、やるなら自分たちでやるしかないと決断しました。その時に、僕の中で大きな経験としてあったのは、東京にいた頃に、青山の同潤会アパートを見ていたんです。
あの同潤会アパートのようにやったらいいんだな。そのイメージだけは持っていました。

冷泉荘には共同住宅だった頃の間取りを復元した部屋も残されている。

同潤会アパートといえば、日本最初期の共同住宅にして、今なお魅力的な集合住宅として語り継がれる存在。
吉原さんは、そのイメージを頼りに、冷泉荘をはじめとする自社管理物件のリノベーションに「見よう見まねで」手をつけた。

冷泉荘の中庭から見上げる。耐震補強工事の後、外壁をクリア固定素材でコーティングして、時代の痕跡をそのまま残すやり方をとっている。

吉原:まったくの素人でしたから、完全にスケルトンの部屋にしてからやっていったので、ものすごい部屋ができたし、お金もすごくかかりました。デザイン会社を見つけるのでも半年かかって、結果的にいい部屋ができても、今度は仲介会社が「その家賃では無理だ」って。お金をかけた分、家賃は上げないと成り立たないのに。
 
だけど、自分の周りの仲間に声をかけまくったら、「そういうのを待ってました!」ってすぐに反応があった。プロの人たちに相談したらクエスチョンマークなのに、そこのギャップは強く感じましたね。

 
実際の入居者が決まるとメディア取材も相次いで、吉原住宅のビルは、博多の人気物件へとなっていくのだが…吉原さんの面白いところはここから。たとえば、その展開のやり方だ。

鉄さびの痕跡や崩落したところも、あえてそのまま固定保存。

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