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半年ほど前のことになるが、私のもとに突然、アカガミが届いた。
「あなたが今住んでいる部屋を他人に売りました。1カ月以内に荷物をまとめて出ていくように」。

何の前ぶれもなく届いた悪夢の通達の送り主は、私が当時暮らしていたマンションの大家。ドライすぎる文面から察しがつくかと思うが、ヤリ手の不動産ブローカーだ。手持ち物件の売りどきは、どんな理由があっても逃せない、といったところだろうか。

2011年末より中国・上海に移住し、現地雑誌の編集をしながら生活をしている私。移住当初、10軒ほどの物件を見て回った中で、中国にありがちな不必要なバブリー感(光沢のあるゴージャスな家具が配された、あからさまな成金趣味が良しとされる)が無く、木目を基調としたナチュナルテイストの1軒を奇跡的に見つけて即入居。ワンルームで簡易型キッチン、極狭のシャワールーム(湯量悪し)にも関わらず、月約9万円の高すぎる家賃(上海名物!)に喘ぎながらも、それなりに快適に過ごしていた(水道管が爆発するなどトラブルは付きものだが、そこは中国、それも醍醐味だと大きな心で受け入れれば、すべてが快適の範疇だ)。

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移住当初住んでいた上海のマンションにて。こういったウッディーな内装は中国では超レアゆえ、家賃は高いがお気に入りだった。まどろむ愛猫。名前は「ししまる」

そして上海生活も4年目の夏。冒頭のメールがさらりと送られてきた。1カ月以内に退去という猶予のなさも鬼だが、とくに当時の私は、このタイミングで新しい部屋を探すには不利な事態を抱えていた。
まず、年内の日本帰国を検討していたため、引っ越しをしても、新居での生活はほんの数カ月。中国では賃貸は1年単位が基本で、数カ月限定の契約を結ぶには、高度な交渉が必要となってくる。そしてもうひとつの悪条件が、海外生活の寂しさから、勢いで飼ってしまった猫の存在だ。果たしてペット可の短期物件など、ガイジンである私に見つけられるのか。「なんとかあと数カ月、今の部屋に住まわせてほしい」と大家に嘆願するも、案の定、取り付く島なし(中国ではよくある事態)。

こうして、私の家なき子へのカウントダウンは突如始まった。乳飲み子(猫だけど)を抱え、寒空の下(実際は夏だったので、あくまでイメージ)に放り出された、母ひとり。ガイジンだし、独り身の孤軍奮闘だし、アラフォーだし(関係ない?)、もうすぐ帰国する身だし、猫持ちだし! まさに五重苦。そんなキブン。

街の不動産屋では断られるのがオチと踏んだ私は、周囲への猛リサーチを開始した。もはや単独で部屋を借りるのは無理だろう。臨時でルームメイトを募集中、あるいは、部屋の一角が偶然デッドスペースとなっているところはないか。数カ月さえ生きていければ、押入れでも玄関先でも、庭でキャンプでもなんでもいい。1人と1匹をかくまってくれる心優しき人を探して、知り合いを辿っていく心もとなき日々。
そして、立ち退きまでついに1週間を切ったある日、その救世主は降臨した。「個人で不動産業を営んでいて、上海には20軒ほどの物件を持っている」と話す、宮崎あおい似のキャリアウーマンの登場だ。「ちょうどいいシェアハウスがある」と彼女。「ルームメイトは?」と聞くと、まさかの「私です」との返答。つまりはシェアというよりも、彼女の自宅の空き部屋に間借りさせていただくという、ちょっとしたヒモ状態(家賃は幾分払うけど)。恐る恐る「実は私、猫を飼っていて…」と切り出せば、「大丈夫、私も飼ってるから! 人も猫も、共同生活しましょう」とのお言葉。嗚呼、地獄に仏とはこのことか!! かくして、宮崎あおい似の仏様のマンションに身を潜める、居候生活が始まった。

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居候先のマンションのベランダにて。中庭を見下ろしているのがルームメイトが飼っている猫、その名も「美麗」。高貴な名前よろしく、態度もデカイ

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居候生活初日。突然の高級マンション、環境の変化に驚く愛猫「ししまる」

さて、住んでみると、なかなかの高級マンション。サスガあまたある上海の所有物件の中から、彼女が自宅としてチョイスしただけのことはある。大きなリビングに、充実したキッチン、ベッドルームとシャワールーム(中国では貴重なバスタブ付き!)は2つずつ。洗濯専用スペースや、中庭を見渡せるベランダまで揃う。そのうち、バス・トイレ付きのベッドルーム1つが、私のテリトリー。もちろんリビングやキッチンも自由に使用できるが、そこらじゅうに彼女の私物(どれも高価そう)が放置されており、他人の部屋にお邪魔している感じがムンムンして落ち着かない。それら大量の私物に、なるだけ触れないよう、動かさないよう、身をかわしながら暮らす。これが正しい居候生活というものだ。
そうして数週間も経つと、猫も主人の置かれている立場を察知したのだろうか、部屋の隅を抜き足差し足で慎重に進み、そっと所定の場所に納まる。そして1日じゅうほとんどその場所からはみ出すことなく、ひっそりと息を潜めて過ごすようになった。

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主人もペットも居候の身。立場をわきまえ、「ししまる」は部屋の隅っこに終始控えていた

対して、ここが我が王国とばかりに、部屋じゅうをおおげさに走り回る、ルームメイトの猫よ! これ見よがしに食卓に乗り、花瓶を倒し、高級ソファで豪快に爪とぎをし、見下したような表情で時折猫パンチをも食らわしてくるが、私はただじっと耐え忍ぶだけだ。チラリと愛猫のほうを見やれば、奴もまたギュッと目を閉じ、神妙な面持ち。

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居候先のリビングで、食事中の机にもぐいぐい乗ってくるルームメイトの猫。下ろしても下ろしても、乗っかってくる図太さ。いやしかし、ここはあくまで彼女たちの部屋であるから仕方ない

猫と居候。しかも海外で。
そこにあるのは、忍耐と無我の境地に至った、1人と1匹の悟りの姿。
おのれの立場をわきまえて、静かに心を通わせながら生きていく。
かくして数カ月、猫は、私の居候ソウルメイトとなった。

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居候期間を無事に終え、今年3月、「ししまる」は私と一緒に日本へ帰国。最終日、上海の空港のチェックインカウンターでの様子。預け品ベルトに乗せられる愛猫(ケージの中)。ししまるよ、数カ月にわたる居候生活、お疲れ様!

 

乾純子(編集者)
編集者・ライター。大阪の出版社での雑誌編集を経て、2011年より中国・上海へ。現地情報誌の編集をメインに、日本人向けのコーディネイターなども手がけること4年半。2016年3月、愛猫とともにひさしぶりに日本へ帰還したばかり。上海生活中は、ほとんど中毒レベルに頻繁に国外へ逃亡(旅行)。旅の模様を、仲良し女子クリエイター4人でつくる旅のzine「GIRLS JOURNEY」として自主出版し、楽しんでいます。zineのテーマは、第1弾ロシア、第2弾ニューヨーク、第3弾ベトナム。ただいま第4弾の旅先を模索中!

GIRLS JOURNEY
http://www.keibunsha-books.com/shopdetail/000000018585/

カリグラシコラム

そのことを仕事にしている人もいれば、普段の暮らしの中でモヤモヤとした思いが浮かんでいる人もいる。借り暮らしにまつわる意見や考えを、さまざまな人たちが自由なスタイルで綴ります。