# # #

わたしは美術の大学を出ました。卒業してもう10年になります。いまの肩書きは、ときどき美術家、ときどきランナーです。

北海道から大学進学のために京都に出てきて、4度引っ越しました。
引っ越しの理由は、すべて自らの意志ではなく、強制的なものでした。家賃の安さを最優先にすみかを決めていると、取り壊しや改装宣告を受けて立ち退きを余儀なくされるのです。
現在は、家賃3万円のアパートに住んで1年半になります。お風呂はありません。家賃は大家さんに手渡しです。
この家とても良いです!! 前に住んでいた家賃4万円の一軒家は、ネズミが出没するのがこわすぎました。

いま、室温は34度です。全然快適じゃないです。汗がキーボードに落ちるので、上体をなるべく画面から離してこれを書いています。腹筋にいい感じ。
エアコンは人が来たときしかつけません。エコっていうか、エコとか正直どうでもいい。ケチ。ケチはケチなんですけど、ケチ以上の理由はないんですけど、言い訳めいたことを言わせていただくと、トレーニングの一環なんです。厳しい環境をものともせず、勝ち抜かねばという強迫観念。

過酷であればあるほど練習になる。
もうじき246kmのマラソン大会、スパルタスロンに出ます。制限時間は36時間。猛暑の年だと、気温40度の中を走り続けることになるそうです。いまのうちに暑さに順応しておくことが、大会攻略の秘訣なのです。だから扇風機もつけない。窓もあけない。汗をダラダラ流しながら、もっと暑くなってくれと念じています。なのにさっき洗濯物をたたむときに、広げたTシャツでひょいって顔に風をうっかり送ってしまって……。手が勝手に! 手のバカ! そのときくらった一陣の風が気持ちよすぎて、もう無理と思って窓をあけました。

ここまで読んで、この家ぜったい住みたくねえとお感じになられたと思いますが、いい家なんですよ! 
滅多にわたしの作品を褒めてくれない画家の友人(東京在住・家賃3万8千円)のお墨付きです。
曰く、「雑誌に載ってる、ナチュラルとかシンプルとか、どれも似たり寄ったりで当たり障りのない家がすごい嫌なんだけど、くるちゃんちは独自の工夫があって楽しいよ。展覧会もこういうふうに自由にやればいいんだよ」って。
……そう、展覧会、自信がないんです。搬入中など、「ここはこうしたらいい? どうしたらいい?」って、いちいち友人の判断を仰ぎながら、おどおど右往左往するのみのわたしだったのですが、確かに自分の部屋のことで「ここにこの雑貨置いていい?」とかわざわざ電話したりしないもんなあ、と気づいてハッとしました。

友人に褒めてもらえた自慢の部屋ですが、でも去年まではれっきとした汚部屋でした。
片付けも掃除も苦手で、来客のときだけ大慌てで押し入れにつっこむ荒技で30年間やってきました。それが去年、急に片付けられるようになって、今日も我が家はきれいです。自分でも本当に信じられないのですが、もう1年間ずっときれい。
きれいになったのは坂口安吾に憧れるのをやめたから……。

いままでは、せっかくひとりぐらしなんだから散らかしてないと損、ぐらいに思っていました。なんなら汚いほうが芸術家っぽいかなあなんて。でも実際は制作しようにも、スペース確保するのに余裕で2日ぐらいかかるから、制作意欲が湧くことなんてまずありませんでした。
いまではいつでも制作に取りかかれます。部屋がきれいで悪いことなんてひとつもないと断言できる! ものづくりがグッと身近になりました。

先月、京都芸術センターで展覧会をさせていただきました。
展覧会のたびに、これで正しいのか、どう思われるか、人の顔色ばかり伺って萎縮してきたけれど、自分の部屋だと思って制作したら、驚くほど思い切ってのびのび楽しめました。
自分のやりたいようにやっていいんだ、かたよった自分の価値観を堂々と発表すればいいんだ、だってわたしの空間なんだからね。と、「部屋」が背中を後押ししてくれたみたいな、そんな展示になりました。

部屋が好きすぎて今日も一日中部屋でぐうたらしてしまいました。
早く早く、走ってこなくては……。走らなきゃと思い始めてもう35時間以上経ってます。
大会が終わるまで、部屋でくつろぐことを厳しく自制しなくてはと思いました。じゃないとなかなか外に出られない……。
いっちょ散らかすところから始めてみようかな。
目指すは「外が恋しくなる部屋」で。

坂口安吾とその書斎。絵:若木くるみ

若木くるみ
1985年北海道生まれ。京都在住。第12回岡本太郎現代芸術賞展で岡本太郎賞受賞。後頭部を用いて他人のアイデンティティや物語を自分の身体に取り入れる作品を制作する。ランナーとしては、台湾の「環花東超級マラソン333km 女子優勝」(2013)、ギリシャの「スパルタスロン246km 日本人女子1位 世界女子9位」(2016)など。

カリグラシコラム

そのことを仕事にしている人もいれば、普段の暮らしの中でモヤモヤとした思いが浮かんでいる人もいる。借り暮らしにまつわる意見や考えを、さまざまな人たちが自由なスタイルで綴ります。