#

 

京都市左京区一乗寺と修学院の間にある、京町家を改装した店舗兼住居「旅する布yattra」。旅先で魅了された布・雑貨を扱う。
http://yattra.squares.net

6月17日

起きてすぐに簡単なヨガをしていると、そよ(3才)が本をもってきてポーズを真似る。
仕事などで外出するとき、双子の娘たちもおもてへ出てきて姿が見えなくなるまで手を振り見送ってくれる。今朝、かこ(3才)がバイバイの次に言った「インドいくのか?」で、張り詰めていた気持ちがふっと和む。というのも明日はばあちゃん(享年96才)の葬儀なのだ。
撮影仕事に早く着いたので、駅のベンチで自家製びわ酵母パンのポテサラサンドイッチを。紫じゃがいもシャドークイーンと男爵の組合わせ。
夕方帰宅して荷物下ろすとすぐに倉敷の実家へ向かう。新幹線の中でおにぎり食べ、黄色い電車に乗り継ぐ。22時すぎ、遊び疲れた子どもが眠り、生前にばあちゃんが言い残したことや葬儀について両親と話す。人が亡くなると、その周囲の人たちの考えや思いが沸き出て交錯する。

6月18日

いつからか恒例となった実家の母の朝ごはんは、8割が具の味噌汁と白ごはんに納豆。炊飯器に「ギャバ増量」ボタンがあり、よくわからなさに驚く。
ニュースを見る前にいつも願う「大きな災害や争いの報がありませんように」。
朝ごはんのあと、携帯の画面に映る文字に一瞬自分の目を疑う「地震 大阪震度6弱」。
ここ倉敷も震度2、3ほど揺れたらしいが、慌ただしくしていて気がつかなかった。自宅のある京都市左京区は震度4強と載っていたけど、築70年以上の我家は大丈夫だろうか、留守番しているココ(黒猫5才)は怯えていないだろうか、どうか皆の心労が最小限で済みますように。
不安を抱えたままばあちゃんの告別式へ。石造りの冷えた部屋で立飯と書かれた巻き寿司を食べる。家族葬だが子どもが多くにぎやかで、ばあちゃんの人柄のように笑顔と感謝の言葉が会場のあちらこちらで見られる。拾骨、たくさんの骨がまだその形を残していて、老年になって自転車で転倒し手術した膝には金具がささったままだった。寝たきりになる前日まで、70年以上ほぼ毎日ミシンを踏み、よく歩き、よく食べていた人の骨格はやっぱり違う。お経の合間に僧が言った「悩みの原因は外の世界にあるのではなく自分の内にある」。

6月19日

帰京の朝、子どもはじいじばあばときゅうりの収穫。僕は酵母用にローズマリーの新芽を少し摘む。
地震の影響で電車が遅れ、新大阪から京都まで2時間かかった。車窓から見える家々の様子が今回の地震の強度を伝えている。また、食料品店ではいつもダンボールいっぱい積まれているミネラルウォーターがすっかり売り切れていて(炭酸水はたくさん残っている)、昨日今日とSNSやテレビなどで災害時の備えについて強調して言われているのかもしれないけど、みんなが今より少しでも自然や人を思いやり生活していくことができれば、もっと豊かな世の中になるように思う。自分以外の人も一生懸命生きている。動植物も。帰宅するといつものようにココが大きな声で出迎えてくれた。
妻子が寝静まってから、泡盛を側らにネットストリーミングの小さな画面でW杯日本-コロンビアを観戦(うちにはテレビが無い)。幼少から大学まで16、17年間ボールを蹴っていたが、年々サッカーの見方が変わってきている。結果としての勝敗というよりも、その背景や国民性、個人と組織、試合が進むにつれて変動する心理面など、一試合通して観るといろんなことを感じられておもしろい。また、外国の中継だと実況や解説者の言葉が思考に入ってこないので観やすい。

6月20日

雨の日はよく眠れる。子どもと一緒に8時に目が覚めた。そこから9時半の登園まで急ピッチ。幸い妻はいつものように5時過ぎに起きてお弁当と朝ごはんをつくってくれていた。最近は分付き米に押し麦を混ぜたごはんが体調に合っているようで、あとは味噌汁、二十日大根と胡瓜の糠漬け。自分で種を蒔き育てたものや収穫したばかりのものをおいしく感じるのは大人も子どもも同じで、お皿の上のものが次々と皆のお腹におさまっていく。
いまは発酵に最適な時期で、酵母たちが棚や冷蔵庫内でジーと音を発して出番を待ちわびている。今日はびわ酵母パンを仕込む。酵母液をストレートで使うと果実の風味が残ってたのしい。明日のお弁当はサンドイッチにしてもらおう。柑橘系や発酵が進んだものは微炭酸ジュースとして。

2018年4月1日にスタートしたリレー日記です。1週間単位でさまざまな方に暮らしの日記を執筆いただいています。

カリグラシコラム

そのことを仕事にしている人もいれば、普段の暮らしの中でモヤモヤとした思いが浮かんでいる人もいる。借り暮らしにまつわる意見や考えを、さまざまな人たちが自由なスタイルで綴ります。