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京都在住。甘夏ハウス1階担当。絵描き・文章書き・歌うたい・気が向けば料理、造形全般。至福の中に生きることを恥ずかしげもなく大真面目に取り組んでいる。

10月21日(日)

徳正寺にて開催された保坂和志さんのトークショーの手伝いに行った。保坂さんの話を聞き終えると、気持ちが高揚していた。保坂さんの表現には「確信していいよ」と促す力が宿っているからだと思う。打ち上げ会場で保坂さんの顔をじっと見ていたら、猫の顔に見えてきた。保坂さんは、本当は猫なんじゃないかと思った。
その後、とても楽しみにしていた吉田寮界隈の友達のライブを見に友達の店へ。行く前から保坂さんの話で精神が昂ぶっていたのに、友達のやっている「朝焼けに燃え広がる京都市民の会(毎回、名前が変化する)」のライブがめちゃくちゃ素敵でまたググッと感銘を受け、さらにその後、数日後にベルリンへと旅立つ友達がドラムをやっている「The oxgen destroyers」のライブもあり、ラップの曲では次々と会場にいた人たちが飛び入り参加し、もれなく私もフリースタイルラップをかまし、友人の熱い即興ライムに涙した。心底、吉田寮界隈のこの人たちを愛おしく思ったし、吉田寮を失うわけにいかないとまた強く思った。こうしてどんどん知り合った人たちや場に対する愛が深まる。僕たちはどんどん無敵になっていく。誰にも壊すことなどできないかけがえのないものが確かにあるということを、私は知っている。そして昂揚しすぎた私は、普段飲めない酒をあおるように飲みまくり、べろんべろんに酔っ払い、普段から言いがちな本当のことのさらに奥にあるような本当のことを本気で涙ながらに話したり叫んだりした。愛が炸裂していた。たまにはこんな日があったっていいじゃない、と自分に言い聞かせるように言った気がしたけどハッキリとは覚えていない。

10月22日(月)

目が覚めたら昼だった。昨晩あんなに飲んだのに二日酔いにはなっていなかった。だけどまだ昨日の余韻の中にいるような、ぽわんとした幸せな心持ちで過ごした。最近、また歌をうたいたいなーと思っていたら、友達から小さな小さなライブへのお誘いがきて、嬉しかった。夕方から吉田寮でやってる「テニスコーツ」のライブに行こうと思っていたのに、なんだかんだやることがあって間に合わず、終わって人が帰る頃にたどり着いた。その後、好きなミュージシャンの話から流れ流れて、大切な友と三人でいい時間を過ごした。夜の闇の中でしか、出てこれなかった言葉がそこにあったと思う。眠いのに冴えてしまって、なかなか眠れない夜だった。

10月23日(火)

夕方から身支度を整えて、明日ベルリンへ旅立つ友達ともう一人で北白川の「なやかふぇ」に行った。「なやかふぇ」は店主のゆうきくんが自分で育てた野菜や仕留めた鹿肉とかで心の籠った宝物のような食べ物や飲み物を出してくれる店。私は「左京区の聖地」って呼んでる。白くてスナックみたいな店とかが入っているようなビルの一室なのに、ゆうきくんが改装してとても心地の良い空間になっている。ここに来ると、自分の余計な力がほどけて、素の私が力を取り戻すような体感になる。そして、どの食べものにもちゃんと力が宿っていて、胃の中を通り過ぎたあとも「じい~ん」とおいしい余韻が響いてなかなか止まない。ゆうきくんは、能年玲奈みたいなキラキラした瞳をしていて、まっすぐに自分の「好きなこと、得意なこと」に取り組んでいる感じがする。話を聞いてみると、なんだかへんてこな流れでやることになって、みたいなことの中から自分がすっくと立ち上がっていくような感じのこともあるみたいだけど。波照間島のサトウキビも台風が来て倒れても、その後すうっと立ち上がって育っていたっけなあ、と思い出した。ベルリンへ行く友は、私があげた毛糸でターバンを編んで私にくれた。めっちゃ嬉しかった。絶対に彼女に会いにベルリンへ遊びに行こうと決めた。ついでにボローニャにも寄って絵本原画展に行こう。貯金しよう。おなかも心も満たされて見送った。その後、大切な友と大切な話をして最後は楽しい気持ちになって帰って眠った。

10月24日(水)

朝起きて、バイトに行く。自立生活をしている難病かつ身体障害のある人のところへ重度訪問介護というか、家事とか料理の手伝いをしに行っている。こういう仕事をすることが私にとっては世界を見る目の幅を広くしてくれているので、関わらせてもらって感謝している。自分の狭い世界の中だけで物事を見ているとどうしても視野が狭くなりがちだ。私たちが当たり前にできているようなことでも、できないことが当たり前でそこに困難を抱えたり苦痛があったりするということ、そういう人が隣で生きていること、そういうことを私は忘れたくない。普段接していないとすぐに忘れてしまう馬鹿者なので、私は日常で関わった方がいいのだと思っている。終えて、空を見上げると月がまん丸に見えた。吉田寮広報室の会議に向かいながら考えごと。自分はこれまで表現者として大したものを作れてなかったけれど、この生き具合が私の作品そのものだと思った。誰にどんな風に何を伝えるか、超真摯に向き合って生きてきた。本当に大切なことやものを真正面から大切にしてきた。だから、これでいいのだ、これでいい。誰よりも自分が自分を見つめてきたし、目をそらさないで、愛をもって見つめてきた、たとえそこに痛みがあっても。誠実に生きてきた。めちゃくちゃなところも、ダメダメなところも、かっこいいところも、ぜんぶ、知ってる。これでいいのだ。そんな風に自分の原点に立ち戻って、会議の帰りにまた大切な友と話をした。泣きじゃくって、喋りまくって、とぼとぼ歩いた。ぜんぶ出し切ったから、くたびれたけど、なんだか心地のいいような疲れ方だった。ちょっとだけ、嬉しくなるような言葉も耳にして、ほんの少しだけ心が跳ねた。帰ってほぼそのまま布団に入って何も考えないで眠った。明日の朝は目が開かないかもしれない、と思った。

2018年4月1日にスタートしたリレー日記です。1週間単位でさまざまな方に暮らしの日記を執筆いただいています。

カリグラシコラム

そのことを仕事にしている人もいれば、普段の暮らしの中でモヤモヤとした思いが浮かんでいる人もいる。借り暮らしにまつわる意見や考えを、さまざまな人たちが自由なスタイルで綴ります。