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主に映画美術、それ以外にも店舗の内装、住宅のリフォームとか色々。20年前から解体予定の長屋を借りて改装しては住み、また引っ越ししては解体予定の家へ、をくり返す。昨年、ついに建物の上物ダケを買って自ら全面改装。今年4月より現在の家に妻、2歳男児、猫3匹と共に暮らす。

10月28日

今回はいつもの映画美術の仕事とは違い、ヒスロムとゆうアートグループの作品展示舞台(?)を作りに仙台に来てる。今日は作業を始めて3日目。かつてボクが在籍してた劇団維新派のメンバーと共に7人で大阪から、ヒスロムが在籍してた京都精華大学の学生や卒業生、東京からの映像作家や韓国の特殊部隊出身の人、陸前高田の版築グループら、ヒスロムがいろんな場面で関わってきた人ら17人と共に作品づくりをしてる。
なかなかのペースで舞台作りは進んでいるのだが、ヒスロムが連れてきたメンバーの中に出川くんとゆうパフォーマーがいて、彼はボク達の作業を応援する為ダケに来てて、裸に無数の骨を繫いで出来てるネックレスを首に掛け、スパッツ1枚のスタイルで応援ダンス(?)をしていてくれているのだが、およそ建築現場には絶対にいてはならないカッコで奇声を上げながら舞い続けている。ヒジョーに鬱陶しい。時々ハァハァと休憩したり現場の真ん中で爆睡したりもする。だが目が合うとまた舞い出す。

10月29日

朝ちょっと早起きして仙台城跡まで散歩。伊達政宗像の前で政宗と同じポーズをとって自撮りしていると、昨日、仙台であった大学対抗女子駅伝で来ていた全国の女子大生ランナー達が続々と政宗像に集まってきて、政宗のポーズをしたままのボクはあっとゆう間に30人くらいの女子大生に囲まれてしまった。
作業の方は4日目の午前中にして全舞台が出来上がる。午後からメンバー全員を連れてヒスロムが出来た舞台の回廊を歩きながら、今回の展示の説明をしてくれた。ソレによるとどうもボクらが舞台と思って作っていたのは、大スロープでできた「山」と大きな1つの「テーブル」らしく、2つ合わせてフットサルコートくらいあるその上に、彼らがこの9年間活動してきた壮大な「遊び」がプロジェクターの映像と写真を駆使して様々な形で展開していくらしい。
夜は持って来たたこ焼きプレートでタコパー。11時過ぎになって別の宿のヒスロム達も加わって夜中までどんちゃん騒ぎ。ボクらは今回の旅のコーディネーターの家に雑魚寝で泊まらせてもらってるのだが、さすがに怒られる。

10月30日

昨日のヒスロムの説明を受けて、巨大テーブルに様々な仕掛けを施していく。ヒスロムの「遊び」の為に、大小いろんなサイズの穴をテーブルにあけていき、最大の穴の周りには総重量で16t分にもなる土のう袋を積み上げ、巨大土のうタワーを作りたいとか、60cmくらいの穴にはライフライン用のCD管を突っ込んでテーブル下を迷路のように這わせ、別のいろんな穴とCD管を繋げ、CD管トンネルを這い回ってテーブルの上に出てきたいとか、いろんな注文をこなしていく。出川くんは昨日あたりから餅つき用の杵を持ちだしてきて、黙々と作業をこなすボクらの目の前で「限界までイキます! 限界までイキます!」と叫びながらクルクルと杵を回し続けている。まぁ、ボクらもだいぶこの光景に慣れてきたのだけれど、目を合わせないように作業するボクらの目の前で舞い続ける出川くんのメンタルはメチャメチャ強い。

10月31日

予定より1日早いのだが大阪に帰れるコトに。ボクらの作業もハイペースで巻いたのだが、ソレに対するヒスロムの作業が追いついていない。手伝ってあげたい所でもあるが、「しばらくは泥ダンゴ作りですかネ~」とのこと。予算もかなり切り詰めた現場でもあるし、彼らは泥ダンゴは2千個は作りたいと言うが、初日までまだ3日あるので、維新派メンバー2人を仙台に残して、5人は帰阪することにする。出川くんに「そのネックレスの骨は本物なん?」て聞くと、この為に「ケンタッキー100本食いました」とのコト。1台の乗用車に5人と5人分の道具とスーツケースを乗せて、13時間車を飛ばして家にたどり着く。
家の戸を開けると2歳の息子がフルチンで父ちゃん~っと抱きついてきてくれた。1週間振りに一緒にお風呂。イヤイヤ期で何でもイヤー! だったが、今日は「父ちゃん早くー」と先に風呂の中から催促される。

2018年4月1日にスタートしたリレー日記です。1週間単位でさまざまな方に暮らしの日記を執筆いただいています。

カリグラシコラムとは

そのことを仕事にしている人もいれば、普段の暮らしの中でモヤモヤとした思いが浮かんでいる人もいる。借り暮らしにまつわる意見や考えを、さまざまな人たちが自由なスタイルで綴ります。