06. ウディ・アレンの『女と男の観覧車』

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僕は、実家が昼は喫茶店、夜はスナックで、幼い頃からカウンターの端っこで大人の会話を聞くのが好きだった。
 
たまに来る客で、自称「阪大医学部卒」の男がいた。風貌はみすぼらしく、僕と反対側の隅っこに座り、昼から瓶ビールを飲む。時折、他人の会話に割り込んでは「俺は政治家の誰それと仲が良い」「弁護士並みに法律も詳しい」「高校野球でスカウトされた」などと、子供でも嘘とわかる自慢話をする。その男が話し出すと、他のお客は興ざめした顔をするが、うちの母は引きつりつつも笑顔で「へぇ」と相づちは忘れなかった。
 
ある日、その男が珍しく女性を連れてきた。化粧が下手くそで、目の周りをパンダみたいに黒く塗って、赤すぎる口紅もはみ出していた。もの凄くパンチの効いたカップルだった。男はいきなり誰も聞いてないのに「俺は阪大医学部を出てるから」といつもの自慢話を始めた。すると、連れの女が九官鳥みたいな高い声で「せやなぁ、アンタはカシコいもんなぁ」と、仕込んできたセリフを棒読みするみたいに相づちを打つ。店内はあ然と二人を眺めていた。だが、当の二人はとても気持ち良さげにコントみたいな会話を続けた。
 
「人生は舞台で、女も男も皆、役者だ」とシェイクスピアは言っているが、カウンターの隅っこの二人には、間違いなく脳内スポットライトが当たっていた。普段の彼らが恵まれた暮らしをしていないであろうことは想像できた。だが、自分たちが「人生という舞台の主役」になるささやかな時間を、彼らは持てた。それはイビツだけれど、今思うと切実に見える。

巨匠ウディ・アレンの新作『女と男の観覧車』は、隅っこに生きる中年女・ジニーがこの世界の主役になることを夢見るブラックな寓話である。夫は無能だし、息子は放火癖がある。暮らしは貧しい。おまけに夫の連れ子となる若い娘がトラブルを抱えて逃げ込んでくる。もう最悪だ。そんな時、若い脚本家志望の男・ミッキーと出会い、恋に落ちる。そこからジニーの「人生という舞台の主役」へのイビツな執着が始まる。

ジニーの夫の仕事は回転木馬の操縦係で、一家は観覧車の隣に住んでいる。窓からいつも観覧車が見えていて、赤や青のネオンの光が部屋に差し込んでいる。女優気取りのジニーにとって、観覧車は恋物語におあつらえ向きな舞台装置であり、色とりどりのスポットライトとなる。しかしその舞台装置、上がってもまた下降して元の場所に戻る彼女の人生を暗示するかのようで…。娘を追うギャングも加わり、コミカルだがビターな寓話へと昇華させる手腕はさすが巨匠。キッチュな遊園地の「現実」と女優脳ジニーの「舞台」を、光の効果だけで行き来させる映像トリックは、『地獄の黙示録』や『ラストエンペラー』でオスカーに輝く撮影監督ヴィットリオ・ストラーロによるもの。でも何より、ジニー役のケイト・ウィンスレットの哀しい熱演がこの映画を忘れがたくしている。
 
ところで、自称「阪大医学部卒」の男はその後、一度も来なかった。
うちの母は70近くになってまだ、お客の話に「へぇ」と相づちを打っている。

 

INFO
『女と男の観覧車』
監督・脚本:ウディ・アレン
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
出演:ケイト・ウィンスレット、ジャスティン・ティンバーレイク、ジム・ベルーシ

なんばパークスシネマ、シネリーブル梅田、シネリーブル神戸、MOVIX京都、他で、6月23日(土)より公開
http://longride.jp/kanransya-movie/

西尾孔志
1974年大阪生まれ。2013年に『ソウル・フラワー・トレイン』で劇場映画デビュー。2014年『キッチンドライブ』、2016年『函館珈琲』の他、脚本作品に『#セルおつ』なども。OURS.では、カリグラシTVを担当。

*カリグラシTV
http://ours-magazine.jp/karigurashitv/akichi-1/
*インタビュー記事
http://ours-magazine.jp/borrowers/nishio-01/